排泄、お風呂

 リハビリの効果もあってか立位(立っている状態)が保てるようになってくると、トイレ等、必要な場所では立ち上がる事が求められるようになった。

 入院してからほとんど寝ているかベッド上の生活で、気がつくとオムツが手放せなくなっていた。
 一応排泄はオムツにしてしまってもよくて、してしまったら看護婦を呼び取り替えてもらう事になっていたのだが、段階を踏んでくると、それが便座といってゴム製の便器にとって替わられるようになった。もし、便意を催したら、看護婦を呼び、それをあててもらい、その中にするのだが、それをあてると痛い。
 しまいにはその時、ゴム便器とお尻の間に小さいタオルかハンカチをあててもらうようになってしまった。
 一応トイレにも行く事が出来たので、よくオムツにしようかトイレまで行くか、便座を当ててもらうか迷ったものである。
 便意と便座に乗った時の痛みのどちらをとるかを自分で判断していた。

 でも、それもそのうち装具(麻痺して動かない側の足を補強する道具)無しでも少しの間は立てるようになり、車椅子でトイレに行き、扉に掴まってオムツを外してもらい、用を済ませてから、また扉に張り付いてオムツを履かせてもらう事で対処出来るようになった。

 お風呂は大体の病院だと週1回だったりするのだが、そこの病院はいつ入れるのかは不安定で全然わからない。この後入院した病院ではほとんど毎週、いい割合で入れてくれていたのだが、ここの病院は本当にあてにならず、よくて10日に一度というようなモノであった。お風呂の時間等もその日の朝に「何時からお風呂です」とか、リハビリから帰ってくると、いきなりストレッチャー(病人を運ぶタンカのようなモノ)に素っ裸でバスタオルを上にかけられて乗せられて、お風呂に連れて行かれたりして、ヒドイ時など、食事の直前だったり直後だったりしたものである。

 ある日、入浴時、浴室に運ばれて、タオルを剥がされて裸でストレッチャーに横にされた状態のままで待っている間、看護婦が浴室の扉を閉め忘れていた為、通りかかった副担当医に裸体を見られてしまった。
 ちなみに私の裸体を見た先生は、後の再手術の時に頭部の骨を削り出し、レジンを頭部にはめてくれた感謝すべき先生である。

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