病院でできた友人

 今までのように過ごしているうちに入院生活にもある程度慣れ、病院内に友達もできた。

 まず、E子さん(50歳前後)という方で、この方は多分一生忘れ得ないであろう人となった。
 この人は私と同じ頃入院してきて、かなり苦労をされた生い立ちらしく、神楽坂に自分の店を持っていて、そのお店で脳梗塞か何かで倒れてこの病院に運ばれてきたらしい。
 とても人のいいお人好しの旦那様がいらして、よくまめにお見舞いにいらしていた。私がE子さんと仲良くなったきっかけは、E子さんのお嬢さんの名前の一字が私の名前と同じで、「陽ちゃん」と呼んでいたので、ちょうどお嬢さんがお見舞いに来ていた時にE子さんが「ちょっと陽ちゃん」と呼んだ拍子に私とお嬢さん2人が同時に、「はいっ」と返事してしまい、大爆笑した事から始まった。

 それからというもの、E子さんのお嬢さんがお見舞いに来る度に、「陽ちゃーん、元気ぃ?来たよー!」と私にも声をかけてくれたりして、旦那様も一緒に来た時には「おすっ、陽ちゃん元気?ママ(旦那様はE子さんの事を「ママ」と呼んでいた)と一緒に頑張れよっ」等と励ましてくれたりしたものである。
 嫌な事があって落ち込んでいた時等、よくそうやって励まされたものだ。

 お嬢さんはお料理が上手で、来る度に何かマズい食事に花を添えるようにと手料理を作ってくれて持参してきていた。
 私もたまにご相伴に預かっていたが美味しかった。
 そのお嬢さんは可愛らしい最近の娘さんといった感じで器量も良く、E子さんから聞いた話だと、どこかの芸能プロダクションに所属していたらしく、病院に寄るのも仕事帰りが殆どだったらしい。
 よく私が聞き分けの無い事を言って母に叱られていると、横からE子さんも、「陽ちゃん、ダメッって言ってるでしょ!お母さん困ってるじゃないのっ、わかった!?」と言って叱ってきたものだ。
 そのE子さんは前述のように脳梗塞か何かで頭を手術したのだが、術後の回復も早く、リハビリの進行も早く、私より随分早くに転院していった。
 そのE子さんと、この後私が転院する大久保病院で会う事になるのである。

 次にNさんという看護士さん(男性)に出会う事になる。
 その人は食事の1時間前にお茶の入ったやかんを持って同じ病棟のそれぞれの患者さんのコップにお茶を汲んで回ったり、毎朝病室で出るゴミの回収に来てくれたり、リハビリルームに患者を連れて行き、病棟に連れて戻ってくる等の送り迎えをしてくれていたのだが、いつも私が泣き出したところでリハビリの時間が終了し、送ってもらう間もクスンクスン言っていたのでそのNさんが、「桧谷さん、泣いてばかりじゃダメだよ、頑張りなよ、僕も応援してるよ」と、よく励ましてくれたのだった。

 本当に気持ちのやさしいいい人で、私はNさんが風邪気味で喉を痛めていたりした時には市販の生姜湯のようなモノをあげたり、誕生日プレゼントをあげたり、クリスマスにプレゼントの交換をしたりといった交流をしたものである。

 今だから言える事だが、実は当時、私は彼に淡い恋心を抱いていたと思う。

 いつだったか彼にはやりたい事があり、それを目指しているのだと聞いた事があるが、たまにふとその事を思い出し、彼が当時志していたところに到達できたのかと考えてしまう事がある。

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