楽しみ

 前の病院ではテレビは観る事は出来たものの、消灯が早かった為、消灯以降の番組はあきらめるか、母に自宅でビデオに録ってきてもらい、昼間に観るようにするくらいしかなかったのだが、ここの病院は消灯が前の病院より1時間遅かったので、番組の選択の幅も広がった。

 だが、やはり消灯時間以降の番組はビデオで観るしか無く、ビデオが休憩所にしか無かったので、一応看護婦にビデオの使い方を聞きマスターして、殆ど自分の思い通りに見る事が出来たのだが、たまに新しく入院する患者に入院生活の際の注意や心掛け等をビデオで放映している事があり、その時は我慢を余儀なくさせられたものである。

 テレビ以外には、私はマンガが好きで入院前から良く読んでおり、退屈が過ぎてきた時の為に、母に私がそれまでに買いあさったマンガを持ってきてもらい、読み直していた。

 それをたまに他の病室で仲良くなった患者さんに貸したり、仲良くなった看護婦に貸したりしていた。

 ある日、貸したマンガのお返しに私にも看護婦がマンガを貸してくれたが、以来私だけでなく家に居た弟もその本にハマってしまい、現在も新刊も買い続け、読んでいる。

 またテレビの話になるが、テレビを見るにはテレビカードと呼ばれるテレホンカードに似たプリペイド式のカードが必要だった。

 金額が\1,000から数種類かに分かれていて、リモコンで電源を切り、主電源を切らないと、度数がどんどん減っていってしまう。
 なので、カードを挿入すると度数が表示されるので、油性ペンでカードに残った度数を書き込み保管するようにしていた。

 これら以外の楽しみというと、やはり食事の事になる。食事の項でも触れたが、食事の際、私は必要に思った物を病室に持ち込んでいた。調味料を始め、コーヒー、紅茶やジャム等の嗜好品がそうである。

 休憩所に給湯機が設置してあるので、よくそこまで紅茶を入れに行き、ルームメイトの方々にご馳走したものである。

 一応3食は休憩所で食べられるようになっており、食事の前に、あらかじめ看護婦に休憩所で食べる旨を伝えておけば、そこまで食事を運んでくれる。
 もし部屋におらず、休憩所に居る場合は、看護婦が判断して、休憩所まで運んでくれる。
 只休憩所は混雑するので、私は殆ど自室で食べるようにしていた。

 その頃、母は区の施設に勤めていたので、仕事のローテーションと趣味の兼ね合いで夕食時に来る事が多かった。

 その際に病院の食事には絶対出されないような美味しそうなおかずを見つけて買ってきてくれたりと、自分が私と一緒に食べたいもの(大体お寿司だったが)を買ってきて、病院食を半分食べてもらい、自分は持ってきてもらったお寿司と病院食を食べることがよくあった。

 そのうち大体食事と母が来る頃を見計らって一人で車椅子で休憩所まで行き、テレビを見ながら待つのが日課になっていった。

 ここでは食事の前にお茶を注ぎに来る事は無く、食事のトレーにお茶が入ったコップが乗っていた。

 食事の前に入浴になる場合もあり、その日はパジャマで食事をする事となった。

 食事の話はこの辺にして、楽しみという訳ではないが、毎朝起きると、食事前に必ず私は自宅の母に電話を入れた。

 携帯電話はあることにはあったが、病院内では使用を許可されていなかったので、院内の公衆電話からかけていた。おかげでテレホンカードがすごい勢いで減っていった。

 テレホンカードはおばや家族が見舞いに来る度に買い置きしていってくれた。

 朝電話の設置場所に行くと、たまに使用中で、その際はよく後ろでウロウロして(車椅子を何回もターンさせ)急かせた事もあった。

 電話では母に便の報告や(看護婦にもしており、当時本人にとっては切実な問題であった)、前日にあった出来事等を報告したりしていた。

 母も私と同様に、自分の周囲でおきた出来事や世間でのニュース、自分の趣味での人間関係の中での愚痴等を話していた。

 後、見舞い客の訪問も楽しみの一つだった。

 身内や会社の友人・上司、学生時代の友人等、様々であったが、見舞い客が来ると、当時世間で何が話題なのか(勿論ニュースは追っていたが)や、自分達の話題で盛り上がり、話が弾み、同じ事の繰り返しの毎日に新鮮な風を送り込む事が出来たからである。

 それよりもむしろ正直なことを言えば、見舞い客が持参してくれたケーキやフルーツ等のお土産の存在が大きかった。

 それを一緒に頂きながら、お茶をしたりする事が楽しかったのだ。

 見舞いに来る客達は、久しぶりに家に居るはずである私に連絡を試みたところ、母から入院した旨を聞かされ、慌てて見舞いに来てくれたらしい。

 その心配して来てくれたという気持ちが嬉しいものである。

 それと他の楽しみとして、そこの病院では毎週日曜日の3時にはおやつの時間というのがあって、コーヒーか紅茶のポットとビスケット等のお菓子を持って、看護婦が各病棟を巡回してくれていた。

 始めのうちは「桧谷さん、どれがいいですか?」と数ある煎餅やビスケット類の中から選ばせてくれていたが、慣れてくると、種類や数も少なくなってきたせいか、お菓子が入った籠の中に色々入っているのに、有無を言わさず「はいどうぞ」と私が好まない煎餅等(しかも1枚きりだった事もあった)渡されてしまい、それを戻して、「これは返しますからこっちのウェハースの方を(下さい)と言いかけた時に見舞いに来て一緒にその場に居た母に頭か手を叩かれ、「いいの!わがまま言わないの!」とよく叱られたものである。

 日曜日の3時に来客等で自室に居られなかった時は机の上にポツンとコーヒーとお菓子が置いてあった。

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