友人

 こうした入院生活を送るうちにここの病院でも友達が出来た。

 まず一人目は名前をT.I(以降Iさんと記載)さんと言い、見た目体が華奢で弱く、精神的にもデリケートな人で、気がつくとよく泣いていた。

 その人とは結構仲良くなり、色々な身の上話もするようになっていた。

 Iさんは疲れやすい人で、食事の際、自分のベッド脇の食卓に車椅子で向かうだけで、疲れて気持ちが悪くなってめまいを起こしてしまう程である。

 またある時は、食事の際、ベッドから降りて車椅子に移って食事を摂るが、食事中に急にめまいがしてしまい、ベッドに戻ってしまった。

 それでも看護婦が寝る前に歯磨きだけでもさせようとするが、自室の洗面台の水道に手が届かず、何度も試みているうちにまたも気分が悪くなってしまい、ベッドに戻ってしまうのである。

 ある晩、トイレに起きて、ベッドの脇に簡易トイレが置いてあるのだが、Iさんは看護婦を呼び、そこで用を足したらしく、その後泣いていた。

 話を聞いてみると、看護婦の座らせ方が雑でお尻がはまってしまい、なかなか抜けなくなり痛い思いをしたとの事。

 私はその思いをちゃんと看護婦に告げるように言ったが、彼女は諦めてしまったのかそうはしなかったらしい。

 それ以来彼女は部屋の外のトイレで用を足すようになった。

 彼女とはたまにリハビリの時にも一緒になる事があったり、行き帰りのエレベーターの辺りですれ違う事があり、その度にお互い声をかけあっていた。

 もちろん、乳酸菌飲料もご馳走しており、私がもらったお見舞いのお菓子や母やおばが買ってきたおかずもあげていた。

 そのうち、そのお礼という訳ではないが、Iさんが包み紙に可愛く色のついた割り箸をくれるようになった。

 そのうち、Iさんの移動の際に私が車椅子を押して手伝ってあげる事が増えるようになった。

 そしてIさんもよく見舞いに来る私の母やおばと話をするようになり、彼女の顔に少しずつ笑顔が見られるようになった。

 彼女とはよく、希望を持って退院まで一緒に頑張るために「退院したら何がしたい」「何が食べたい」等と話し合ったりしていた。

 「美味しい餃子に暖かいご飯」や、美味しそうなものをたくさん出し合って、「家族とどこかの牧場に行って乗馬がしたい」や「登山をして良い景色を眺めたい」等、今すぐにでもできそうに思える事もたくさん出し合った。

 退院は私が一足先になってしまったが、一応住所の交換もして、ある日手紙を出してみたが、返事は来ないままで今のところ音信不通である。

 次にM.Yさん(以降Mちゃんと記載)という子と仲良くなった。

 彼女は私よりも随分年下で、スクーターで事故に遭ったらしく、右手が不自由であったが、しっかり口を使い左手でフォローをしていた。

 彼女とは隣の部屋で、病棟共同の洗面台でバッタリ会う事が多く、ある日、私から、「どこの部屋にいるの?」と訊いた事からお付き合いが始まった。

 お気に入りの洗面台の場所が一緒だったので、たまに出くわすと、「おはよう」や「こんにちは」など挨拶をして、順番を譲り合ったものである。

 その子とはリハビリ中に入れ違いでやってきて会う事があったが、私より3日程早く退院してしまったので、退院前に可愛いポーチを友達になってくれたお礼にプレゼントしてあげた。

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