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社会より個人へ

国立近代美術館にて、「ゴッホ展 孤高の画家の原風景」を観た。(5月22日まで)客観的な「色」より、狂気にかられた主観的な、雰囲気としての「色」が、なんとも。

ゴッホの同時代の、いわば「おまけ」として展示された人々が豪華で、始めて実物を目にしたゴーギャンの絵に目が行った。

韓国映画「大統領の理髪師」を見た。
「大統領の理髪師となった市井の床屋の主人が翻弄される内部の政争と国家。」のような内容に期待して(予告編は明らかにそちらの方向に誘い込もうとしていた)観に行ったのだが、本編では社会よりも個人へと向かう主人公(市井の床屋)に視点が移っていって、どうも...

「個々人の幸福」を追求する事を非難するつもりは毛頭無いけれど、「映画」としての視点は(他の表現芸術と云われる物も併せ)、やはり時代の流れとして(韓国という国でさえも)、ご多分に漏れずそういう方向に向かってしまうのか、と思いつつ。



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