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写真 まとめ

2001年02月24日

始めての写真展

友人が撮っていた写真が見つかった(04年2月16日)。
一回目の写真展「湯の裏街」の時の物。当時のコニカプラザの控え室にてパンを頬ばる私。

2001年04月08日

入ったと思ったら...

気が付いたらもう四年生。ひさしぶりに印旛村に撮影に行った。このシリーズもそろそろまとめたいと思っているところ。写真展に御来場くださった方に遅ればせながら感謝。

思わぬ人も来てくれて、心の底ではうれしくもあり。

2003年01月21日

横須賀功光先生死去の報

写真家の、そして僕の大学の先生であった、横須賀功光(のりあき)氏が14日に亡くなっていたことが発表された。なんとも惜しい。一つの時代が終わったという感だ。

2003年11月28日

サルガド写真展

サルガド写真展「ESSAYS」

東京都写真美術館(都写美)」で今日から開かれる(実はこの日記は翌日の土曜日書いている)セバスチャン・サルガドの写真展「ESSAYS」のレセプションに行った。
僕の嫌いな立食パーティー。
なんかワインなんかみんなで呑んで、叶姉妹風な雰囲気。
最初の写真、左はサルガド氏、真ん中は田沼武能氏、右は僕のゼミの先生...



2004年02月12日

パネル貼り

日芸(日本大学芸術学部)の卒展(卒業制作展示)に向けて、写真を額装。
やったことなかったけど(業者任せ)、こんなにも手間と時間のかかるものだとは...
孫子の代までやらせるもんじゃないな...

2004年02月19日

「始めての共同作業」...?

行きつけの店の天井に、友人と自分の写真展の案内葉書を貼る。

2004年02月24日

普通の生活

映画「ションヤンの酒家(みせ)」(予告編{05.04.20追加})を観てきた。同じ 霍建起(フォ・ジェンチイ)監督の以前の作品「山の郵便配達」もそうだが、普通に生きる人々を普通に描いて、それが人の心をうつ。
僕もそんな写真が撮れたら良いなと思いつつ。



2004年02月27日

卒展

日芸写真学科の卒展(卒業製作展)が明日から(2月28日〜3月4日)開かれる。
銀座のフジフォトサロンです。

2004年03月11日

並ぶ酒瓶

ゴールデン街のいつもの店で呑もうと思ったら、写真家の森山大道氏がいた。なんか取り巻かれていた。僕は取り巻かれなかった。

2004年03月23日

唖然...

そろそろ四月の写真展の準備をしようと半切のバットを広げてみたら、大きい。
タイマーがいじれません...
ヒーターが一部だけ温めてます...

2004年03月30日

「精神的な」疲れ

10日からコニカミノルタプラザで開く写真展の準備に追われている。金曜日の午後には額装の業者の方にお渡ししなければならない。

日頃怠惰な生活をしているだけに、こういう精神的疲労を伴う作業はこたえる。

2004年03月31日

膝掛け也

小学校入学時から近所というので習っているピアノの先生よりもらった(というか奪い取った)チェックの膝掛け。

足もとが寒い時には重宝する。
「写真展の準備」という、せわしい最近は、体脂肪率8.7%という快挙?もものとはせず、暗室作業で台所は薬品に汚染されているのでいつものように貧相な食事を作る事はできない。
今日の朝食は近所のスーパーで買ってきたレトルトの「焼肉弁当」と「チキンナゲット」。「独身男の体に悪い生活」の見本みたいですな。

2004年04月09日

写真展準備

4月10日〜4月19日「ニュータウンなひとびと」新宿コニカミノルタプラザ

2004年04月13日

ポイント、集める...?

ポケットを整理していたら出てきたのは、友人の紹介により、この間行ってみた四街道駅前のパン屋「パストラーレ」でもらったポイントカード。
どうせいっての...?

2004年04月14日

こんな顔してます

他に用事もないので、平日の朝からこうやっています。
日がな一日こうやっていると、撮影への意欲のようなものがふつふつと沸いてきて、入院中の純粋な気持ちを思い出したり...

2004年04月17日

パソコン屋さんではありません

2004年04月19日

お隣さん

秋山由樹氏

隣の部屋でやっていた、秋山由樹氏。
写真展も、今日で終わり。

2004年05月02日

ちょっと後悔

35mmフィルムの感覚で120フィルムを撮影するとこういう目に遭う。

2004年05月16日

高所恐怖症

日芸の友人(菅礼子)の写真を観に神田の喫茶店「珈琲園」へ。

2004年05月18日

暗室の壁

2004年06月22日

「演技力」?

芝浦(東京都港区)へ。屋形船と、真新しいビル群と、空港へ向かうモノレールと、汐の香り。

東京都写真美術館(都写美)」にて、トルコ映画「少女ヘジャル」を観る。(予告編はこちら
演技の事は分からないけど、「うまい」とはこのヘジャル役の女の子のような事を云うのだろう。ほとんど台詞がない(トルコ語が話せない)にも関わらず、その存在感(「かわいい」というので多分に得をしている部分はあるのだろうけど)。

ついでだし、館内で先日始まった、「世界報道写真展2004」をさらっと見る。
「グロけりゃ良いのかよグロけりゃ」という感じ。全体に「これで一発名をあげてやる」みたいないやらしさが写真からぷんぷん漂ってきて、「戦争の悲惨さ」なんて言葉は空虚に聞こえる。
ここ数年観ているけれども、明らかに「レベル落ちたな」という感じ。
同じ場所で以前からやっている奈良原一高さんの回顧展の方が数倍良い、と思う。



2004年07月23日

「あっさり」写真の系譜

品川の原美術館で、野口里佳写真展「飛ぶ夢を見た」を観た(ややこしいな〜)。この人、以前から注目してはいたのだが、写真を直接観る機会を逸していた。最近、日芸卒という事を知り、「お、同窓生じゃん。」というのもあり、行ってみた。

僕は最近の若い人にはやりの(という云い方が既にジジイだな)、「あっさり写真」(ブローニーで、カラーで、すっきりした風景を撮って...)というのが割と好きなのだが...
僕は不謹慎?にも、美術館の休憩椅子なんかに座って、「フゥー」と一息つきつつ、ボーっと絵や写真を眺めるのが好きなのだが、余りこういう事には向いていないかも、飽きてくる。
きっとこういう写真はきちんと向き合ってジロジロと凝視する物なんでしょうな。

入ろうと思ったら、日芸写真学科のN先生に会った。この前もお会いしたし、あんまり「久々」という感じはしない。

この美術館、サイトは情報伝達よりも「見た目のデザイン」を重視したFlashばりばりのサイト。だが立地は良く、都会のオアシスの様相。良いです。入場料が安けりゃね。

美術館の入口付近にあった今時珍しい「ピンクの電話」。

2004年08月30日

旧朝香宮邸美術館

東京都庭園美術館内の階段

浅草演芸ホールに出かけたが、混んでいたので落語は諦めて新宿のコニカミノルタプラザに写真を観に行く。浅草〜新宿は、都営地下鉄を使ってタダで済ます。

存外にも、プレミオ(新人賞)の二作品よりも、『ワンダーアイズ写真展「Viva! ブラジル〜アマゾンからスラムまで、子どもたちが写した世界〜」』という奴が面白い。世界の様々な国の子供たちに使い捨てカメラを渡して、自由に撮ってもらおうという企画。他の二作品が「高い光学性能を持った機材による、突き詰めた一瞬」であったから尚の事、そのカメラ(と云っても「撮りっきりコニカ」だが)を持つ子供たちの気負い無い視線に、好感を持った。小難しい話は嫌いだけれども、写真の歴史的に云えば、「ラルティーグ」の少年時代を思わせる筆致。

目黒の「東京都庭園美術館」に、以前から観たいと思っていた「幻のロシア絵本 1920−1930年代展」を観に行く。
旧朝香宮邸内部を美術館として公開したこの建物は、居間や寝室(無論片付けられてはいるが)がそのまま使われていて、建築としても一見の価値あり。開け放った浴室をのぞき込むと絵が展示してあって驚かされる。

2004年09月07日

懐かしい再会

「高岸忠敏写真展『秩父景』より(一部)

コニカミノルタプラザに行った。一人なのでじっくり腰を据えて観るかと「高岸忠敏写真展『秩父景』」。
お義理ではなく本当に良かったのでジロジロ観ていたら、その中の一枚、秩父での遺跡発掘の現場に某テレビ局でカメラマンの助手のバイトをしていた数年前の自分を発見。テレビカメラの右隣に居る落ち着かなそうなオトコ。(許可を得て撮影)

確かに有能な助手ではなかった。「他人を助ける」なんて事はできない人間であったのに。やってみようと思い立ったのも「若気の至り」ってヤツでしょうか。

2004年09月12日

日曜写真家

現在夜中の二時。今月は少々お仕事が立て込みそうな感じ(実は経験上、あらかじめこう思っておくと後で慌てふためく事がないというだけなので、実際はどうでも無かったりする。)なので、夜更かしして暗室作業。

霞を喰って生きていくわけにもいかないので、平日は(偶に)働く。休日は、作家活動(みたいな事)。土曜日も会社休みで良かった〜。トホホ。

最近見ている、ライブドア社長の日記。昼は大企業の社長に会って、夜は赤坂の高級料亭で飯喰って、六本木のマンションに帰ってブランデーを呑みながら眼下に夜景を眺めるなんて、そんな生活があるんですね。会社を興す気も、有名になる気も、英気も覇気も無い私には一生関係の無さそうな世界だけど。

彼(ライブドアの堀江社長)の売名行為云々が云われてるけど、僕がライブドアと云えば無料プロバイダーでこけた泡沫企業という認識であったのを変えたという点では、それは成功しているのかも。

しかし自社のブログを宣伝する為だけとは云え、自分の動静や思った事を当たり障りの無いように書いていくというのも大変だろうなと思う(親しい友人だけ見られる「裏ブログ」みたいなのがあったりして)。僕は幸い今のところ仕事上のお付き合いの関係には恵まれているけれども。

一応解説しておくと、暗室の定着液の中。本当にセーフライト(暗い赤い電球)だけで撮ったので、かなりぶれてます。ちなみに「液晶モニター」は、何も「モニター」してくれませんでした。真っ暗でした。

2004年09月14日

「コニルタパン」?

ちゃぶ台の上に買ってきたフィルムが放置。「コニカパン」が、コニカとミノルタの合併によって「コニカミノルタパン」になって、箱の上には(旧)ミノルタのお日様マークが。

合併後の新会社の社名は絶対「コニルタ」だと思ったのに...
「元々両者ともオヤジギャグみたいな社名(「コニカ」は「小西屋六兵衛店」という店の名前から、そこのカメラだから。「ミノルタ」は「田んぼが一面に実るように発展するように」という意味を込めて「実る田」で。)なんだから良いじゃん」と思ったのに。「コニカ」+「ミノルタ」で「コニカミノルタ」なんてつまらん。

2004年09月22日

故郷に錦?物欲の発露

久々に、母校日芸(日本大学芸術学部)に行ってきた。用としてはさしたる物もない。グッドデザイン賞の審査員をして(去年からだけど)いて、「私の選んだ一品(グッドデザイン賞審査委員コメント集)」という本(リンクしようと思ったらまだ出ていなかった。従って去年の物。)を、「あげるから欲しかったらおいで〜」と云われたのだ。

その後、在学中より懇意にしていた(何しろ一年の時の担任)M先生に相談があり、研究室に伺う。
というのも、ベタ(ネガをそのまま印画紙の上に並べてそのフィルムの一覧を見るもの。「コンタクトプリント」「密着」とも云う。)をとるのが面倒くさい事この上ない。何しろこの数枚をプリントするために、台所を片付けて(何しろ我が家は台所兼暗室なので)、薬品を作らなければならない。で、良いスキャナーが無いかなと思ったのだが(こんな相談をする事自体失礼か)、それで知ったのがEPSONGT-X700という35mmのネガを24枚までまとめて取り込めるスキャナー。取り込んだ画像を作品としようというわけでもないので、フィルムスキャナーを買う事も無し。

一応このM先生の名誉のために云っておくけど、この先生自身は、僕のように古い銀塩写真(ネガを現像して、そこから暗室でプリントする。)はもうお終いという事で、デジタル写真において、銀塩写真のような細やかな表現をする事を研究しておられるのだ。僕にはよう分からんけど。

スキャナーを買ったら、悪乗りして小さい頃の写真やら載せるつもりなので、請う御期待。



2004年09月28日

「うまい」写真と「良い」写真

新宿のニコンサロンにて、「丸尾いと写真展 [Hawai‘i —holoholo life—]」を観る。彼女の今回の写真は、白黒の正方形の画面に、日常の風景を収めた写真。(彼女の九産大写真学科写真表現コース卒業制作

取り敢えず、いつものように休憩の椅子に杖や荷物を置いてじっくり観るのだが、ここで悩んでしまった。確かに「うまい」。ハワイの日常の風景の中で、「絵になる」ものを的確に拾っている。のだが何かそれまでのような気がして。
と云うけれども僕の単なる嫉妬なのかなあ?或いは自分に対する警鐘?
個人的には、ああいう「日常の風景」の場合、澱(おり)というか、陰というか、そういう底辺に流れる「暗さ」みたいなものが必要だと思う。僕はこういうのを「『幽霊が居ない』写真」というが。

どちらにしても若い(といいつつ当然のように僕より年上なのだが)。頑張って頂きたい。流れとしては、嫌いな写真じゃないんだけどね。

そのニコンサロンよりの、新宿トワイライト。

2004年10月12日

プリントと天候

芝浦のPGI(Photo Gallery International)に『三好耕三作品展「海廻り」』を観に行った。

内容は、氏お得意の8*10(インチのフィルムを使う)カメラで、三脚に固定して日本の海岸線の風景を写した白黒写真。プリントは、総じて評判通り巧いが、その巧拙は、現場の天候にやはり左右されてしまうなあという印象。
私は、写真のプリントなどに注力する余り、内容を置き去りにしてしまうのは本末転倒であると考えているのだが、プリントで見せる写真は(少なくとも観る側はそう観たが)、それが目立ってしまって。

ここPGI(Photo Gallery International)は、写真のプリント(紙焼き)を商品として扱う、特異な考え方をしている。しかし市井の人々には、写真の値段なぞ、ネガから幾らでも複製できるコピー程度にしか思われていないから、一枚十数万円などとても信じられない値段に違いない。
こういう考え方が日本にも浸透してくれれば、「写真作家」と云われる人々ももう少し生きやすくなるんだろうけどね。

2004年10月16日

ゴチョーシゲオ

中央線三鷹駅(東京都三鷹市)前の「三鷹市美術ギャラリー」にて、「「牛腸茂雄展 ─自己と他者─」を観る。

「牛腸茂雄」と云う人、「ギューチョー」ではない「ゴチョー」らしい。本名は「牛膓」だけれども「牛腸」らしい。ややこしい。

生前は作品が評価されなくて、若くして死(夭折)ねば、これは「伝説的芸術家」の資格たり得るものでしょう。
生前、三冊の写真集を出していた(もちろん自費出版)が、最後の写真集の写真なるものを観ると、悪いけど「死んで良かったのかも」と。

三冊目の写真集のみカラー。心理的な人間の内面まで写す事では、やはり白黒かな?と。カラーというのは、余計な情報が入りすぎる。彼は、色という「情報」というか「表現」を使いこなしてはいなかった。

一部の作品で、自分の影が作品に落ちて、観にくい事この上ない。何とかして頂きたい。

帰りに喰った、吉祥寺のそば屋「U」にて。

2004年10月27日

休憩室も美術館のうちよ

竹橋の国立近代美術館の休憩室

竹橋の国立近代美術館に、「木村伊兵衛展」を観に行く。一応云っておくと、「木村伊兵衛」とは日本の報道写真の巨匠です。日芸の入試の時、「好きな写真家は?」との問いに「木村伊兵衛」と答えたマセガキとしては、観に行かねばなるまい。
好きな写真家なので色々な所で観るのだが、有名な作品が並ぶと、どうしても似通ってしまう。
しかもおかしな構成で、同時にやっている「近代日本の美術」に混ざってある感じ。木村伊兵衛のオマケに岸田劉生やら藤田嗣治を観るのは精神衛生上大変宜しくない。これから(木村伊兵衛を)観に行く人は、第二部(二部構成)の方を先に観る事をオススメする。こちらは一応一つのフロアで終わるから。

新宿のコニカミノルタプラザにて、『フォト・プレミオ 笹谷美佳写真展「歩く」』(11月1日まで)を観る。
「歩く人」を「横から」「小さく」「正方形の画面で」写した写真群だが、コレクション写真(一つのスタイルに従った写真を並べる事を僕はそう云う)って難しいね〜。個人的には好きな類の写真なのだが(他のギャラリーでやっていた物より良かった)、もうちょっと広がりがあって良かったように思う。制限の中でもうちょっとのびのびしても良かった。

国立近代美術館の休憩室。「こちらに眺めの良い休憩室があります」とわざわざ書いてあったから好奇心で見に行ったら、なるほど皇居を望む「良い眺め」。美術館ったって美術ばっかりそう観ていられるわけじゃないから、こういう休憩室は良いと思う。

こういう所で女のコを口説くというのは安上がりで良いかも知れないぞ?夜景きれいそうだし。5時閉館だけど。

2004年11月03日

ゲーサイ

日芸の学園祭、「芸術祭(通称ゲーサイ)」に行った。
工事中の校内は、至る所が立ち入り禁止で、けれども人出は変わらなくて、凄い混雑だった。祭日だったし。
校内の「芸術資料館」にて、「オリジナルプリント展 ファインプリントの巨匠たち(19日まで)」を観る。「エドワード・ウエストン」「アンセル・アダムス」「ウィン・バロック」「マイナー・ホワイト」。「やっぱ(この人達の場合)オリジナルのプリントは違うわ」と思いつつ「こんなの持ってたんだ」。受験生向けの精一杯の背伸びの様で...

2004年11月05日

行動の記録です

再び、日芸の学園祭、「芸術祭(通称ゲーサイ)」に行く。
二度も出身大学の学園祭に行くのは、別に先輩風を吹かせたかったからではなく(大体、二年ごとに校舎が分かれている現在の日芸では知り合いが居ない)、もう一度「芸術資料館」にて、「オリジナルプリント展 ファインプリントの巨匠たち(19日まで)」を観たかったから。
写真学科の学科センター(職員室みたいなトコ)で、下らない話(柏にビックカメラができるとか、落語の話とか...)で柏在住のM先生と盛り上がった揚げ句、麹町のJCIIのフォトサロンへ、

土田ヒロミ作品展 「砂を数える」』(28日まで)(本人のWebSite)を観に行く。最近大阪芸術大学(どうでも良いけど「芸大」と略すな紛らわしい!プライドは無いのかプライドは!)の教授にもなられたお方。
会場に置いてあった写真集「俗神」の方が良かった...なんて云っちゃあいけないか。

(何か僕がここで色々な物に云いたい放題云ってるけど、それは僕の見方である。実際それを観て「観る価値無し」と云うのと、観ないで「観る価値無し」と云うのは絶対違う。)

あ、携帯電話、昨日直りました。祭日を挟んで帰ってくるとは... (もっとも単に新しいのに交換するだけなんだけどね)
ここ数日で、すっかりauショップ我孫子店のお得意さんになってしまった...

2004年11月19日

写真家の生き方

先日、「東京都写真美術館」に行った際、併設された本屋さんで買った荒木経惟写真集「風光の済州島『漂流』(アートン)」をやっと観た(と云っても半分ぐらいだが)(立ち読み)。

「アラーキー」の写真集ということで、ヌードなんか期待している方は残念、韓国の済州島を撮影した白黒写真です。「荒木経惟(アラーキー)」という人は、「センセーショナルなカメラマン」という反面、「写真作家」としてこういった作品を世に送り続けている人なのです。
ある程度売れるであろう事を予測してか、2,500円。ハードカバーの写真集としては価格破壊。

内容は、とても良い。ヘアヌード写真集とは違って万人受けする内容じゃないけど。

あ、昨日やっと電気釜来ました。一週間と一日、御飯の炊けない生活を強いて置いて「ありがとうございました〜」じゃねーよ!競争の無い世界なのか、競争を放棄したのか。十円ぐらいで安いの高いのと云わなくて良いから、もうちょっと何とかして欲しいぞ、ケーズデンキ

現像に失敗した、最近撮影している利根川の写真のネガのベタ。

2004年11月22日

恐怖映画館

九時の開店時間にあわせ、朝もはよから我孫子→阿佐谷(あさがや)の杉並区役所へ。用事を済ませ、九階の食堂で朝飯を喰ってから、前にあるビル二階の(隠れ家的?)介護用品ショップにて、頼まれていた「駅員さんが使うような段差のあるところに橋を架ける折り畳み式の携帯用スロープみたいなの」を探しに行く。けど買うと五万円くらい、高い。(車椅子の人、持って歩けとは云わないけど、「段差があるから駄目」なんて云ってちゃ駄目よ。)
でもって隣駅の荻窪に移動、そこでまた用事済ませてから新宿へ。

ヴィスコンティの「山猫」が「デジタルリマスター版」とか云うので観ようと思ったが、ここ「テアトルタイムズスクエア」は、普通の映画館と違って、45度ぐらいの斜面に客席をつけてある野球場みたいな映画館だから、その「恐怖の急階段(手すり無し)」を登り降りしなくて済む、出口と同じ段の席、が異常に混む。それでも「転落するよりはまし」とあちこちにぶつかりながら、一つ下の段へ。「障害者は階段にでも座って観ろ」ってのか?

昼食後、コニカミノルタプラザへ。プレミオ(新人賞っぽいの)の二作品

Suthep Kritsanavarin(ステープ・クリッサナワリン)写真展 「タイ:象と象使い」生存をかけた暮らし
は、手慣れた告発系。フォトジャーナリストとして色々やってる人らしく、載ったAERAなんかが置いてある。なんでこんな人が新人賞みたいなのにめり込んでくんの?これが第三国特有のバイタリティなのか。でもまあ巧いことは巧い。

的場ゆう子写真展「KIHADA」whangdoodleland
題名通り、様々な「木肌」(日本語をとりあえずローマ字にするのは好きでは無いが)を平面的に、感触を丁寧に、写し取るように、撮影した写真。じーっと見つめていると、衛星写真のようでもあり、未知の月面写真のようでもあり、天体写真のようでもある。(と思ったら自身の作品紹介にそんな事が書いてあった)想像力を喚起させてくれる写真。
経歴の所に「写真表現大学」と書いてあったから、何かと思ったら専門学校の授業なのね。学歴コンプレックス?

小畑雄嗣写真展「冬と夏の光景」-クロアチア-
良い。巧い。上記「象と象使い」のようなイヤミな感じが無くて良い。売っているという小冊子、買おうと思っちゃったもん。
巧いなあと思ったら色々な雑誌(機内誌やらクレジットカードの会員報みたいな、経済的逼迫度が低いであろう、企業イメージ向上系。)で仕事をしている(そういう雑誌が会場に置いてあった)カメラマンであった。(ついでに見たら日芸だった)

2004年11月30日

資産運用?(オランダの光)

昨日、駅前の千葉銀行でUSドル立ての外貨預金の定期の口座を作った。金を増やそうなんて考えちゃいないけど、超インフレになったら、「ジュース一本が1,200円ですから。残念っ!」とか云ってられないので。

で何かくれた(口座作った時はポケットティッシュ二つだったのに今回は紙袋!)ので家に帰っていそいそと開けてみたら、
リードクッキングペーパー、ホッカイロ2個、ウェットティッシュ。...千葉銀の意図が分からん。
取りあえず行き付けの北柏の喫茶店にあげる事にしたが、向かいの薬屋の売れ残りでも詰めたんじゃないの?

東京都写真美術館にて、

「明日を夢見て」〜アメリカ社会を 動かした ソーシャル・ドキュメンタリー』を観る。「写真」が報道として機能していた19世紀後期〜20世紀初頭にかけてのアメリカの報道写真の記録。「ルイス・ハイン」「ウォーカー・エバンス」「ベレニー・アボット」... 名前だけは記憶の片隅にかすかにある。

写真新世紀展2004』を観る。「写真」というより「こんせぷちゅある・あーと」(今流行の、概念だけでほとんど完結している「アート」なるもの)みたいなのが多くて「若いモンの考える事はよく分からん」なんて云っていたら、日芸で同じゼミだった林典之氏の作品に遭遇。
いろんな人に海パンをはかせていろんな事をやらせる写真。在学中からやっていて、「増田さんも海パンにならないっすか〜?」(僕は留年していたので敬語{僕はどうでも良かったんだけど}。けど彼は浪人していて年上。体育会系の考える事はナゾだ。)なんて云っていたから、なっておけば良かったかも。

館内のホールで、「オランダののぞみ」じゃなかった、映画「オランダの光」(Yahoo!ムービーによる解説)(12月17日まで)を観る。
オランダの絵画(「フェルメール」とか「レンブラント」とか)にある独特の「光の柔らかさ」はオランダの風土によるものでは無いのか?という伝説(があるそうな)を検証しようと、実験したり、インタビュー(長距離トラックの運ちゃんなんかに)したり、定点観測する、ドキュメンタリー映画。
結論から云えば、あるとも無いとも結論は出ないのだが、それが世の中だと思う。
それよりも、富士フイルムが協力したとか云うフィルムによるきれいな映像に感激。カタログを買ってしまった。こういうのを観ると、(金銭的な問題を別にすれば)「やっぱ映画はフィルムだよな」と思ってしまう。



2004年12月09日

東京新名所探検

仕事の撮影で、一日にオープンしたばかりの今話題?の東京新名所、羽田空港の第二ビルに行った。これにより、「全日空(ANA)(子会社のエアーニッポン{ANK}も)」と「AIR DO」はこちらに移動する。(関係無いけど、オープンまで流れていたANAの飛行機がピョンコピョンコ踊るCM面白かった。あるはずのない風景が展開するのが何とも男の子心をくすぐるではありませんか。)
モノレール途中の「流通センター」駅にも降りる用があったのだが、いつの間にやら、天王洲アイルと空港しか止まらない「快速」なるものができていて、危うく乗りそうになった。オソロシヤ。

銀座ニコンサロンにて、『張蒼松写真展[家族の記 —台湾大地震から五年]』(12月11日まで)を観る。
台湾地震被災直後の家族を35mmで家と共に撮影した写真。(「被災直後に大変なのに!」なんて輩は置いておいて。)
はっきり云ってよく分からん。なんだか何でも無い様な家もあって、よく見るとどこか壊れていたりするのだが、35mmの撮影で、しかもここまでプリントが下手(コピーかこれは?)だと、じっくり見て何か探そうという気も起きない。五年後の家族を再び対比させているというが、そういう展示でも無いし。
最近、「解説文を読まないと意味の分からない写真」を「報道写真」と云うらしい。

帰ってきて昼寝こいてしまったので、残った仕事をかちゃかちゃ。現在午前一時。

午前四時、朝刊が来た。

仕事が終わって空港第二ビルを見学。平日の午前中にも関わらず寒空の下。

2004年12月11日

渋谷なんてオジサン分かんないよ〜(春夏秋冬そして春)

新宿のニコンサロンにて、「第29回伊奈信男賞受賞作品展 宍戸清孝写真展『21世紀への帰還 IV』」(12月20日まで)「第6回三木淳賞受賞作品展 村上友重展『球体の紡ぐ線』」(12月13日まで)を観る。両方とも、題名から分かる通り、既にニコンサロンによって権威付けされた年度賞だから改めてこんな事云うのもナンだが、良かった。良かったので、何も云えない。「球体の紡ぐ線」の村上友重(女性らしいけど何て読むんだ?)さん、1980年生まれですよ(私は79年生まれ)。

渋谷で待ち合わせて、韓国映画「春夏秋冬そして春予告編)」を観る。あの衝撃的な作品「悪い男」の「キム・ギドク」監督の作品である。
湖の中に浮かぶ小さな庵に住む幼子の成長、そしてそれを見守る老僧。というだけの話(公式サイトのあらすじ)だが、面白かった。

取り敢えず土曜日の渋谷は混んでいた。街は独り者に嫌がらせの様にクリスマスイルミネーションだし。大体渋谷って分かんないんだよ。映画館のあるBunkamuraに行くのも迷ったし。



2004年12月16日

巨匠に迫るデジデジの足音

新宿ニコンサロンにて、「三木淳賞奨励賞受賞作品写真展 吉田明広写真展『記憶の地図 〜The wind of Nepal〜』 高木美佳写真展『みね』」(12月20日まで)を観る。前回の村上友重さんの後塵を拝した?二人。でも良かったよ。「高木美佳」ってどっかで見た名前だと思ったら、以前コニカの新人賞みたいなやつ(フォトプレミオ)で特別賞(これも年間賞の二番目)取った人じゃん。写真集も出してて、美術館に作品も収蔵されていて、新人賞?良いのかね?でもプリントはうまかったし、写真ももちろんうまかったです(これは二人とも)。だから良いけど。

新宿三井ビルエプソンの展示スペース「エプサイト」で、藤原新也写真展「フェルナンド・ペアソの午後〜Afternoon in Portugal」(2月5日まで)を観た。エプソンの新しいロボット...じゃなかったデジタルカメラ「R-D1」を渡して写したスナップ写真。
彼曰く、「俺は居眠りを誘うような写真展を開きたいんだよな」だそうで、部屋の中に様々な壁紙(これも彼制作)が貼ってあって、その真ん中にソファが置いてあったりする。そういう一風変わった写真展です。
気持ちは分かるのだけど、ほわんとした所はまだしも、カリカリした線(デフォルトでRAW現像してシャープかけすぎ?)、ハイライトの飛び方、なんか見るとまだまだ...

ここで「ロイヤルホスト」にてお昼休み。980円の昼御飯なんて贅沢〜。風邪をひいて動くのもイヤだったので、同じビル内で。近くのテーブルでは女性編集者がノートパソコン見せながら打ち合わせやってるよ。ウ〜ン、東京。

芝浦のPGI(Photo Gallery International)にて、川田喜久治作品展「地図」(2月10日まで)を観た。数十年前の白黒写真をプリントしたものだが、品質が明らかに劣る。見た所、インクジェットプリント。ちなみに一点四十数万円。

あ〜ダルい。

新宿駅、デパート屋上のビアガーデン跡。



2004年12月24日

「今年の抱負」をふり返る

長島有里枝の写真展「Candy Horror」を観に、谷中(やなか)(東京都台東区)の銭湯の跡をそのまま使ったギャラリー「SCAI THE BATHHOUSE」に行く。山手線の日暮里駅から歩いたが、元が住宅街の中の銭湯の上に案内図が不能でさんざ迷う。
入った途端、作品よりも先に目に入ったのは紅茶でも飲みながらストーブの前のテーブルで談笑しているアートスティックな数人。久しぶりにおぞましい物を見た。
写真の方は、期待通り?「数年前にもてはやされた若い女の子の生理写真」の「最後っ屁」的な雰囲気をプンプンさせる意味不明な写真群。(彼女の)最近の写真として出てきてたヤツはもっと良かった様な気がしたんだがなあ...

恐ろしい事をやるもんだ。
近所の図書館と公民館のセットになった施設、アビスタ

2005年01月11日

地下室ギャラリー

鬼海弘雄(きかいひろお)写真展「PERSONA」(04年1月23日まで)というのを観た。土門拳賞受賞記念だそうで、この写真を見れば分かるかな?浅草浅草寺境内の人のポートレート。西武国分寺線「鷹の台」駅前 の、松明堂ギャラリーという、何の事はない「松明堂」という書店の地下に、隠し階段を下った先にある、見るからに「地下室」と云うような(地下室だから当たり前か)ギャラリー。

写真はその外観だが、駅を降りる(出口は一つ)と正面の肉屋の隣に「鬼海弘雄写真展 PERSONA」と大書した垂れ幕。

氏には、人のポートレートの他に「街のポートレート」とでも云うべきジャンルがもう一つあり、その「東京迷路(ラビリンス)」という絶版になった写真集を一度友人から見せてもらい、その写真に感服し、「鬼海弘雄」という名前を知ったのだが、その写真集が会場で売られていて、駅前の銀行でお金をおろして早速購入。

さて写真展の話に戻ると、6*6(センチメートル)版の正方形の画面に写しこまれた通りすがりの人々のポートレート。むしろ「鬼海弘雄」という名前を知らしめたこちらのシリーズは余り好きではなかったのだが、プリントを見ると「良いなあ」と思ってしまう。

そんなギャラリーだから、(この人の作品が観たいと)明確な目的を持ってのみ訪れるであろう世界。雰囲気としてはとても気に入ったのだけど、「この人の作品を観るためならば足を運びたい」と思わせる様になる方が先だろうな。



2005年01月22日

なんか好きなんだよなあ

一昨日(20日)は実家に帰り、そのまま実家に。我孫子に帰宅がてら、麹町のJCIIにて、『長倉洋海作品展 「ぼくが出会った子どもたち」』(1月30日まで)を観る。

長倉洋海(ながくらひろみ)という写真家、メディアへの露出も多い方。アフガニスタン等、いわゆる「辺境」を撮り続けている。

正直、この人の写真はそれほど「うまい」とは思わないのだけど、何か好きなんです。小手先の技術に頼らない、愚直な視線というか、そういうのが魅力(と思っている)の人です。

2005年01月24日

ある一日

六時半、起きる。
洗濯機を廻しながら、まず朝風呂。御飯、味噌汁を温め、茄子と鶏を焼き、しょうがをすって、いただきます。
気がついたら八時半。洗濯物を干して、支度をし、仕事の撮影へ。
なぜか市川(千葉県)に居る。本八幡行きのバスがある〜(一時間に二本)、これで行けば次の目的地の「千歳烏山」まで一本だ(都営新宿線-京王線)。
と思いつつ新宿で途中下車。コニカミノルタプラザへ、悪い子ちゃん。『山田真写真展「Ship Breakers CHITTAGONG」"チッタゴン船舶解体場"』久々に見た骨太のフォトドキュメンタリー、様々な報道媒体が発達した今、写真(しかも白黒)でドキュメンタリーするとはこういう事を云うのだ。サルガド調(とすぐ系統づけようとするのが悪い癖なんだけどね)。
気を取り直して(どういう気だろう?)仕事。元の「新宿」駅(地方の人には信じられないだろうが、「新宿」には各路線毎の「新宿」があるのだ。)から京王線で(考えてみりゃ京王線のホントの「新宿」から行けば良かった。都営と京王の「新宿」に戻っちゃったよ)「千歳烏山」へ。
今日のお仕事、最後の目的地は東急田園都市線の「用賀」。「千歳烏山」からは「下高井戸」に行き、そこから東急世田谷線(通称玉電)で「三軒茶屋」ぐらいは分かる。
三時近く、「日が沈む〜!」と取りあえず飛び込んだ電車は「急行」、次の停車駅は「二子玉川」。目的駅「用賀」の一つ先だよ〜。仕方無く歩いて戻る。
三時半、今日の業務完了。

ぎゃー、帰って早く取り込まないと洗濯物が湿っちゃうよ〜。

2005年01月28日

平和な一日... と思ったら

北柏の喫茶店「Calla(カラー)」のランチ

今月の仕事も済ませ、今日は久々にゆっくりするぞと洗濯機を廻す。来週は天候が優れない予想だとか。そして蒲団を干していると、近所の猫が朝の見回り(家の庭はいつのまにやら彼{彼女?}のなわばりになっているらしい)。

あ、デジカメ変わりました。RICOHの"Caplio R1"というヤツ。母親に勧めたのだが、見た目に忠実すぎて派手に写らない。とかで同じ物を買うのを止めて譲り受けた。確かに立体感のある良い写り。カメラ内部で画像を加工して派手にしちゃうヤツだと、食べ物なんか撮れないのよ。

例によって行きつけの北柏の喫茶店「Calla(カラー)」にて溜まっていた新聞を読みつつ昼食。御飯と味噌汁が付いて900円。

なんてやっていたら、この前の風邪が完治していなかった様。寒気がする〜

2005年02月10日

私は幸福です...?(ビフォア・サンセット)

撮影の仕事で音羽(おとわ)(東京都文京区)へ。都会の真ん中に、丘に建つ豪邸。「旧鳩山邸」とかで、和夫(衆議院議長)、一郎(総理大臣)、威一郎(外務大臣)、由起夫(衆議院議員)、邦夫(衆議院議員)...と続く名門政治家一家のお屋敷。門を入ってくねくねとした坂を登ると、「お屋敷」に必須?の「鹿の首」がにょきっとお出迎え。今は500円(障害者は300円)で、公開されているらしいが、高いので、外から眺めるのみ。
門の所には、五代目の都議会議員「鳩山太郎事務所」の縦看板が。どういう事務所やねん!

麹町(こうじまち)(東京都千代田区)に行ったので、折角だからとJCIIへ。
明治の古写真 「スティルフリードが見た日本」』外人が見た江戸時代の「オー!エキゾチックジャポーン!」の湿版写真。作者の動機はそうでも、それが記録となるのでしょう。

仕事を終え、新宿のコニカミノルタプラザにて(いずれも2月14日まで)
わだ晶子写真展「豊美なる伝統行事」〜ヒンドゥークーシュ山脈の異教徒カラーシャ族〜』『高田昭雄写真展「橋脚になった島」1972〜2004』『兼平雄樹写真展 「同潤会江戸川アパートメント」』を観る。
「同潤会江戸川アパートメント」は、もうちょっと陰の部分があった方が良いと思う(いろんな意味で)。あああけすけにカラーで撮られると...

恵比寿ガーデンシネマにて、映画「ビフォア・サンセット」(Yahoo!ムービーによる解説)を観る。
十年前、一夜を過ごした男に再会した男女の、飛行機がパリを発つまでの限られた時間に再燃する恋、ひたすら会話のみ。面白い映画なのだが、何か...
それは私が25歳だからなのかもしれない。

久々に再会した男は、流行作家としての地位と恵まれた家庭を持つ。ヒステリックになる女に、男は様々な気苦労を説明し、云う。
「僕が君より惨めで安心した?」



2005年02月12日

治ったんだか治ってないんだか

先日ひいた風邪が尾を引いているらしい。薬を飲んで完治したつもりが、そのままダラダラと。治ったつもりで千倉に行ったりすると、次の日必ずぶり返してくるので、油断ならない日々。完全に治そうと思うと家に軟禁状態で、出掛けられない。
昨日今日、やっと完治と思った(これで三度目ぐらいなのだが)ら、今度は胃に来て、食べると胃がむかむかする、気持ち悪い、痛い。
しばらく家に閉じこもって、油断することなく本格的に治そう。あぁ...

と一通り愚痴を書いて、本当に書きたいのはこれから。

以前から作家の池澤夏樹氏のメールマガジン「異国の客」を購読していて、その中で知ったのだが、氏の近刊、写真家本橋成一氏との共著「イラクの小さな橋を渡って」の英語版、フランス語版、ドイツ語版が翻訳されていて、上記リンク先から無料でダウンロードできるのだ。
実際出版されている写真集を、クオリティーは全く劣るが、無料で自分のパソコンで観られる様になるとは凄い。これだけの良い物を。
繰り返しになるけど、クオリティーは出版物とは全く比べ物になりません。

2005年02月16日

信心、卒展、映画、酒。

銀座に映画を観に行く(一昨日は柏に行き、段々と遠出のリハビリ。)が、11:25の回には間に合いそうもなかったので、13:55の回に目標を変更し、雨の浅草を歩く。と云っても寒くて寒くて、東武浅草を降りて、雷門から仲見世を通って浅草寺へ。十円玉を切らしていたので、五円玉を御賽銭に、殊勝にも「南無観世音菩薩」。

銀座に着くも、外は寒いので地下道を都営浅草線の東銀座から歩いて「富士フォトサロン」へ、卒展シーズン。

東京工芸大学芸術学部写真学科卒業制作展』(今日まで)。元は東京写真大学と云った由緒ある大学。
今や既定の表現方法としての「逸脱した表現」が多い。

東京綜合写真専門学校第45回卒業展』(今日まで)。写真の専門学校としては歴史のある、作家的要素の強い日吉(東急東横線 横浜市港北区)の学校。
やんちゃな感じは無いが、こちらの方が面白い。一旦社会に出た人も多いだろうから、その「人生経験の差」の様な物が出るのだろうか? 置いてあった学校紹介のパンフレットには講師紹介のページがあって、方々から写真家(写真評論家)をかき集めているが、半分ほどが日芸卒というのは何とも...

映画「故郷(ふるさと)の香り」を観た。昨年観たションヤンの酒家(みせ)」の霍建起(フォ・ジェンチイ)監督の最新作。日本では「山の郵便配達」の監督、と云った方が通りやすいかも。
個人的には、「ションヤンの酒家(みせ)」をいたく気に入っているのだが、今回の作品は、「山の郵便配達」に逆戻りした感じ。それを期待する向きもあるのだろうが。
物語は、数年ぶりに故郷に帰った男(ジンハー=井河)が、今は村の幼馴染みの(ヤーバ)と結婚している初恋の人(ヌアン=暖)に会う。という話。人名と読みが繋がっていないと、字幕では人名が漢字だったり片仮名だったり。
それともう一つ、過去の思い出と現在が交互に進行していく形式なのだが、現在観ているのが過去の事なのか、現在の事なのか、それが分からない。びっこひいてる筈の初恋の人(ヌアン=暖)がぴょんぴょん飛び跳ねているので「これは過去の事か」と気付くか、或いは華やいだ色、多少アンバー(赤褐色)がかっているような全体の色でそれと分かるぐらい。
クサい話を、美しい風景の中に淡々と展開して説得力を持たせる手法は健在だが、この映画はクサさが目立ったかも。お金をかける様になってきたのか、クレーンを多用していて、それが違和感として出てくるのかもしれない。平地に据えたキャメラであればロングショットを撮ってもいわば点(人)と線(風景)だが、クレーンで俯瞰すれば風景を面で捉えられる利点はあるものの、本来人間の目が無い場所から風景を眺めるのは違和感があるのだ。
だけどそれほど悪くないとは思いますよ(フォローになってないけど)。期待故の苦言という面もありますから。

などと云いつつ映画館は平日の昼間から凄い混み方で、何故かと思って訊いてみたら、ここ「銀座テアトルシネマ」に限らずテアトル系は、毎週水曜日、誰でも(男女問わず)1,000円で映画が観られるのだそうな。気を付けよう(私は)。

早朝の地震(茨城県南部を震源とする震度5弱)で起こされたお陰で、眠い眠い。それでも耐えて、夜零時よりの衛星放送で、「ジャック・タチJacques Tati)」(フランスの喜劇俳優・映画監督 1944-1982)の「僕の伯父さん」を(ウイスキー呑みつつ)見始めたのは良いが、翌日目覚めて考えるに、最後まで観た記憶がない。ストーブは消してあり、蒲団に入っていたからきちんと寝たのだろうが、面白かっただけに悔しい。
「DVDを買ってでも最後まで観てやる!」と意気込んだのは良いが、調べてみたら彼の作品集という事でDVDボックスは17,640円。う〜ん、意地でも観ておくんだった。



2005年02月21日

東京縦断

お仕事にて、東急田園都市線の「宮崎台(神奈川県川崎市)」へ。
「何か恨みでもあるんじゃないの?」って位、遠い。今は東武と東急田園都市線が繋がったから、北千住で東武線に乗り換えるだけで行けちゃうのだけど、頭が古くて山手線周り。だいたい「台」とか「野」とか付ければ「ニュータウン」だと思いやがって東急。(それに「整備された町並み」を夢想して群がっちゃう方も何なんだけどさ)

行って帰ってくるだけ、というのも悔しいので、新宿(上野に行ったら品切れ)のヨドバシカメラにて印画紙を買う。ベタ(ネガの一覧見本みたいなの)をほっくり返していたら(と云っても今はiBookの中の「ベタ」フォルダを"だぶるくりっく"するだけなのだが)、焼いてみたいのが出てきたので。

ついでに卒展、銀座の富士フォトサロンにて
日本写真芸術専門学校卒業作品展』
生徒数が多いのか、やたら数が多い。これだけゴチャゴチャしていると、その中に埋もれない、というのも一つの写真の能力だな、と。協調性のある写真ばかりで。
『専門学校東京ビジュアルアーツ 2005卒業制作展』
上記の写真芸術専門学校よりは良かったとは思うけど、まあさいですか。

帰宅すると、Amazonで注文していた(結局買った)「ジャック・タチ」の作品集のDVDが届いていた。
「4〜6営業日以内に発送」と書いてあったのに、土曜日に注文して今日来たのだから、予想外に早かった。早かったのは良いけれど、僕もお金をおろしに行かなきゃならなかった。(着払い)

「宮崎台」駅にあった「電車とバスの博物館(当然ながら東急配下)」。月曜休館だったので外から。「渋谷-二子玉川園」。
数十年前までこんなのが246(ニーヨンロク、国道246号線、現在東急田園都市線がこの下を走っていて、上は高速道路)をコトコト走っていたのかと思うと不思議。



2005年02月25日

最後の卒展

築地に掛け取り納品に行きがてら、竹橋の国立近代美術館にて「河野鷹思のグラフィック・デザイン--都会とユーモア」(2月27日まで)を観る。美術館だから大きな部屋での展示かと思いきや、中の一室のみでの展示だった。
またも、常設展示の『所蔵品ギャラリー「近代日本の美術」』をちゃんと観たいなあと思う。後ろ髪を引かれつつ、撤退。

銀座の富士フォトサロンにて。
日本大学芸術学部写真学科平成16年度卒展』(3月1日まで)
「先輩風を吹かしてやるか」と意気込んで行ったのに、知ってる人居ない。
『日本写真学園卒業展』(3月1日まで)
学校が無くなってしまうので、今年で最後の卒展だそうな。「日芸最後の卒展」なんてイヤだな。無いよね、そんなの。
しかし相変わらずうるさいギャラリーだな。上を高速道路が走っているので、ガタゴト、ドシン、ドシン。

2005年03月03日

生真面目写真

用あって実家へ帰る。我孫子→善福寺。

途中、新宿のコニカミノルタプラザに寄り、『フォト・プレミオ −24人の新しい写真家登場− 吉田穂積写真展 「Chronic Absence」』(3月4日まで)『フォト・プレミオ −24人の新しい写真家登場− 林 知遠(イム ジウォン)写真展 「光を求めつつ」』(3月4日まで)『森脇啓好写真展 「宗谷」 -冬の旅-』(3月4日まで)を観る。

ある意味対照的な二つの写真、「現代社会(この場合、ニューヨークとパリ)の印象」である「Chronic Absence」と、「アジア、アフリカから日本に来る盲学校への留学生」の「光を求めつつ」。銀塩の白黒写真である事は変わらないが、「Chronic Absence」は展示方法もざっくばらん。現代美術の様な感じ。対して「光を求めつつ」は、写真全てが真面目で、プリントもツボを押さえていて、好感は持てるんだけど、インパクトに欠ける感じは否めない。腰を据えて鑑賞するという形態では、まだ良いのだけど、会場に置いてあった「アサヒカメラ」のグラビアに載った写真では、周囲に埋もれてしまって、損をしている。

2005年03月14日

「映画と建築」(トニー滝谷)

日曜夜のドラマ「Mの悲劇」がおもしろい。松本清張が原作らしい。
原作の連載が延びて話を続ける必要に迫られたのか、最近長谷川京子が善玉に変わっちゃって、あの「何を云っても企んでる」ワルい女ぶりが見られ無くなって惜しい。
金八先生(リンクは現在放映中の物)」では教員、「グッド・ラック(GOOD LUCK!!)」では(飛行場の)地上整備員が流行って、今度は警備員ブーム?しかしあんなに現場からボコボコ本社に上がるもんなんだろうか。

新宿のコニカミノルタプラザにて、
AMRIT VAJRACHARYA写真展「私の街 パタン」-Kingdom of Nepal-
ハレの場ばかりなのが気にならないではないが、かなり撮り溜めたであろう内容の濃さ、面白かった。
陳衛中写真展「第三極 —中国西部印象」CHEN WEI ZHONG PHTOGRAPHY EXHIBITION The Third Pole-West of China
派手な風景写真だなあと思ったら撮影者は「上海を基点に活躍するコマーシャル写真家」だそうで、道理で。

映画「トニー滝谷Yahoo!ムービーによる紹介)」を観た。監督: 市川準、音楽: 坂本龍一、撮影: 広川泰士(写真家)、そして出ているのがイッセー尾形と宮沢りえ、という何だか豪華な布陣である。しかも原作は村上春樹の短編というのだから、怖い物無し。
内容は、「ドロドロの寸止め」。
総じて建築が凄くて、主人公、トニー滝谷の家は横浜の高級住宅地らしき丘の上。窓の大きな、白を基調とした家が、彼の空虚且つ孤独な環境を物語っていて、秀逸。

開演前の映画館にて、がら空きの客席に向かってテアトル系映画会員の宣伝をする男。「こんな人生もあるのかな」と思ったり。



2005年04月05日

「父と娘の物語」(サマリア)

韓国映画「サマリアYahoo!ムービーによる紹介)」を観た。「魚と寝る女」「悪い男」のキム・ギドク監督の最新作は「援助交際」、韓国の。
照りつけるようなドぎつさは、なりを潜め、しかし畳み掛けるような語り口でそれは健在。
底無しに悲しい、父と娘の物語。

東京都写真美術館にて「小林伸一郎写真展 BUILDING THE CHANEL LUMIERE TOWER」を観る。(4月17日まで)
場の凄さは分かるけれども、それだけ。撮影者のそれでは無い。
置いてあった写真集はそれなりに観るべき物があったから、撮影者がシャネル銀座ビルに捕らわれの身となってしまった様。
ちなみにシャネル(CHANEL)は東京都写真美術館の設立にお金を出した一社。



2005年04月17日

「下町」というトレンド

新宿のコニカミノルタプラザにて、(それぞれ4月18日まで)
清田一樹写真展「Round Midnight」-深夜徘徊者の視線-
藤森順治写真展「池上線が走る町」
カメラのキタムラ「四季のフォトコンテスト2004・春」入賞作品展
を観る。そのまま高層ビル街の一つにある

新宿ニコンサロンにて、
大西みつぐ写真展「路上の温度計 -Tokyo Serenade 2-」』(4月25日まで)
を観る。

「下町」が一つのトレンドとなってしまった今、「下町」を追い続ける事を続ける。というのはどうなんでしょ?なんて杞憂で、「下町」という素材を上手に料理していた、凄い。
さすが、「木村伊兵衛賞作家」。

2005年04月19日

「あっけらかん系」続く

新宿のコニカミノルタプラザにて、(それぞれ4月28日まで)

フォト・プレミオ −24人の新しい写真家登場− 津乗健太写真展 「楽しくなさそうにはしていない猫」
近所の猫の写真。「猫の写真」というとそれだけでもう、内容が見えて「結構」なのだが、なかなか面白かった。いや、可能性を感じさせるとでも云おうか、特に「良い写真」という訳でも無いのだが、目を引きつけられるというのか、いや、それほどでは無いけれど何か引っかかる物が残る、というのか。
「猫を撮る」場合、可愛い猫の生態を撮るか、或いはそれを避けて博物学的に撮るかのいずれかだと思うのだが、そのどちらでもなく、「情と理性の間」とでも云う様な作者の姿勢が面白い。

フォト・プレミオ −24人の新しい写真家登場− 山方伸写真展 「bee fly」
白黒で撮影した地元近所の写真。これも同じく、何か先の事を感じる写真。またもう一周観たくなる写真。プリントも、下手です。水準がバラバラの様な気がする。撮影時の思い入れでもあったのか。

第30回木村伊兵衛写真賞受賞作品展
中野正貴写真展「東京窓景(とうきょうまどけい)」

今年の木村伊兵衛賞は、最年長の中野正貴氏。
「最年長」とは云う物の、ここ数年の「あっけらかん系」続く。いや、凄い写真ですよ。でもなぜか会場で大きなプリント観ると何なんだよなぁ...

2005年04月24日

「トークショー」を聴きに

昨年六月に開業したばかりという、銀座の写真ギャラリー「puntum(プンクトゥム)」に『「フォー・ディレクションズ #2」恵上美保(えがみみほ)・大社優子(おおこそゆうこ)・小高美穂(おだかみほ)・的場ゆう子(まとばゆうこ)』を観に行く。

四人の新進写真家の、いわばグループ展。この四人の「新進写真家」が、どんな話をするのだろうと、トークショーなるものも聴きに行く。

四人の内、的場ゆう子さんは、昨年コニカミノルタプラザで観て(木肌の写真の人です)、興味を持って。
けれども昨年のコニカミノルタプラザの写真展から四点のみ抜粋して、題名を変えた(「大地展景」)のみ。少々残念。観る側の想像を制限するような題名はどうかと。けど次の作品の構想なども聴けて面白かった。

大社優子さんは、会場内で観る事の出来た過去の作品は、随分きちんと撮れていた印象があるのに、今回のは「どうでも良い」感じ。

小高美穂さんは、演出された覗き写真とは云え、もうちょっと「覗きのドキドキ」があると面白かったなあ。何か腰の引けてる感じ。

恵上美保さん、目に映った物をただ撮って、女性だから「ハイ、作品。」という時代はもう過ぎたのでは無いかと。

「トークショー」とは、編集者後藤繁雄氏が、口の重い四人相手に質問をして、話を聞き出すという物。トンチンカンな応えをする人相手に、質問する方も、やや誘導尋問気味かも、なんて。結局、的場ゆう子さんが考えがしっかりしていて、話が面白かった。何も考えずにただシャッターを押すのが「カッコイイ」という時代は終わったって。

しかしこのギャラリー、好き。権威も何もないけれど、若い作家を応援しようという小さな力。「トークショー」も、小さなギャラリーにパイプ椅子を並べて(今日は盛況で、廊下にも立ち見の人が溢れていたけど。)、大学(日芸だけか)の授業を思い出す。

近所の公園では、「地場産業祭り」みたいなのをやっていて、植木や野菜に混じって、なぜか羊や山羊(やぎ)がいた。紙を食わせてみようと思ったら、「紙を上げないでください」の張り紙。先を越されたか。

2005年05月19日

ブクブクブク...

京橋(銀座)の「ツァイト・フォトサロン」にて、楢橋朝子作品展「half awake and half asleep in the water 04/05」を観る。(本日まで)

題名の「half awake and half asleep」。直訳すると「半分起きて、半分眠って。」。とどのつまりは「寝ぼけ眼」。写真は全て、画面上が(かろうじて)水の上、下が水の中。起き抜けにいきなり水の中に居たら怖いな〜。という話。
この人の写真は、何か体の奥底の感覚を呼び覚ますような感じが面白い。黒板を爪で「キーッ」みたいな(違うか)。

2005年06月10日

雨の中(ライフ・アクアティック)

映画「ライフ・アクアティック」を観た。ドキドキワクワクの、海洋冒険活劇。

青山スパイラルガーデンにて、齋藤亮一写真展「桃源郷フンザへ」(12日まで)を観る。
階段に掛けられた大きな写真がドカドカと。

銀座・秀友画廊にて「小さな写真のメトロノーム〜齋藤亮一の旅のゆくえ〜」(18日 まで)を観る。
雨の中、小さなビルの六階は辿り着くのに骨が折れたけど、写真をゆっくり鑑賞するのにはこちらの方が余程良い環境。これまでの写真から数点をポツポツと。
画廊なので、一枚何万円かで売っているけれども、あらかじめ「私買いませんから」と宣言。その画廊の女性と色々話し込む、「写真は総じて(日本では)売れない」だとか「それでも齋藤さんの作品は好きな人が居る」とか。ファンは僕だけじゃ無かったか...

雨の一日。このまま梅雨に突入しちゃうのかな。

2005年06月15日

規範としての「良い写真」

代官山にて仕事の打ち合わせがあり、川崎市市民ミュージアムにて「時代を切り開くまなざし -木村伊兵衛写真賞の30年-」を観た。(6月19日まで)
もっと早く行こうと思っていたのだが、我孫子と川崎は遠く離れていて。

武蔵小杉の駅(東急・JR南武線)から、ミュージアム行きのバスに乗る。一万円札しか無かったので、バスに待ってもらって、銀行にお金をおろしに行く。

取りあえず、規範としての「良い写真」を知るという意味では観ておいた方が良い(日曜日までだけど)。
何か皮肉な云い方をしたけれども、良いのは確かです。当時日本の一番の、写真表現を系譜立てて提示されるのは、圧巻。

こうやって並べられると、九十年代以降の受賞者にしか、共感を覚えない。それ以前の方々についても、凄いですよ。けど「まぁ、気持ちは分かるんだけどね。」なのです。
無論?初の女性三人同時受賞だとか、在庫一掃だとか云われた2000年度の三人は除きますが。

打ち合わせ後、(薄暗くて音楽がかかっている私には縁のない所)代官山のバーにて。

2005年07月01日

悪夢の続き

内容は覚えていないのだがとても悪い夢で、自分が危機的状況に陥っていたのだがそこで目覚ましが鳴って目が覚めてしまった。続きが見たくてまた寝ようと思ったが、駄目だった。

最近、絵や写真を観ていない訳では無いのだが、感想を文章にするのが面倒で、特には書かない事にしていた。

と、前置きをしつつ東京ステーションギャラリーに『異形の幻想力 小山田二郎展』を観に行った。(7月3日まで)
小山田二郎は、1914年に生まれ、1971年から1991年に亡くなるまで、家族を捨てて失踪。画廊に作品を送る、という連絡方法のみをとり、社会と隔絶された生き方をした画家。
良い。特に水彩画が。油絵も水彩画もあったのだが、とかく油絵の付属品として、大抵日陰の存在としか扱われない水彩画だが、にじんだ絵の具のせめぎあいが、複雑な色や偶然の模様を作り出していて、とても深い世界を作り出している。
アンソールの時も思ったのだけど、図録の見本をつらつら眺めるに、どうしてああいう複雑な色が、こんな軽薄な、絵の具入れを覗きこんだような色になってしまうんだろう。

昨日、お友達の古関さんのブログに「良い!おすすめ!」と書いてあったので、最終日は三時に閉まる前に、新宿のコニカミノルタプラザに行った。
フォト・プレミオ 田原理江写真展「ほしのすな」』良かったです。

煉瓦の駅舎の中の館内。「『展示室内では』写真撮影はおやめください」とだけ、書いてある。休憩室でデジカメいじっただけで係員が飛んでくるどっかの美術館とは大違い。

2005年07月19日

DNG Converter メモ

Nikon D2xを買ったので、少々知ってるっぽい事を。

D2xは、他のNikonのデジタル一眼(現在発売されている)と違って、RAWデータの.NEF書類がPhotoShopCSでは認識できない。最新の CS2 では可能なのだが、そんな(バージョンアップの)金は無し。
別売りのNikonCaptureも買ったけど、これが恐ろしく重い。
そこで今まで通り、CS側でRAW現像できないか。それができる。裏技とかそういうのでは無く、正々堂々と。

Adobeが無料で配布(素晴らしい)しているソフト、DNG Converterを使う。これは、各社独自のRAW形式を、CSの読み込める、Adobeの策定した各社共通のRAW形式に変換してくれるアプリケーション。読み込んで自動的に変換された.dngファイルを、PhotoShopのファイルブラウザで見ると、CSによってRAW現像できるようになる。

と、自分で発見した方法みたいな事を云いつつ、ここに書いた事は全て友人の古関さんにメッセンジャーで教わった事なのです。どうも済みません。



2005年08月04日

現像液こぼしちゃったんですけど

こんな変な(自分の興味の赴くままの)サイトをやっていると、色々な「お問い合わせ」メールが来るのだが、今日変なのが来た。これまでこんな類のは無かった(と思う)し、この人が「珍しいから書いとけ」みたいな事を云うので、後々の参考のために、事の顛末を記述する。

昨日、「こどもが現像の実験をしていて、薬品をこぼして床に茶色い染みができちゃいましたけど、どうやったら取れるんでしょう?」というメールが来た。
茶色というのは、おそらく現像液が酸化した色であろう事は想像が付くけれども、取り敢えず現像液の染みの怖さ(その時は無色透明な液体なのだけど、乾いて引っ付くと酸化して茶色くなり、手に負えない。)を知っている私としては、「あきらめる」以外の解決方法?を知らないので、いつもの日芸のM先生にメールで訊いてみた。
そうしたらとても丁寧な回答を頂いたのだが、私には殆ど意味不明、というか自分の興味の無い事は頭を素通りしてしまうので、ここに転載させて頂く。

----------(以下メールより転載)----------

現像液ならすぐに停止液(お酢)で拭いて、中和させることですかね。
でも、茶色にしみになってしまっていたら、落ちないかもしれません。
そのときは、漂白剤(家庭で台所用品に使うもの)でも試されたらいかが。
それでも落ちなければ、本格的に汚れた現像バットなどに使う清浄液で、
やるよりしょうがないですね。

コダックTC-3
A液
1. 水          1000ml
2. 過マンガン酸カリ     2g
3. 濃硫酸          4ml

B液
1. 水          1000ml
2.  亜硫酸水素ナトリウム   30g
3.無水亜硫酸ナトリウム    30g

まず、A液で処理し(拭いて)水でよくすすいで、次にB液で処理する。
A液を作るとき水に過マンガン酸カリを溶かしてから、濃硫酸を注入すること、逆にすると危険です。

もっと強力なのが、
コダックTC-1もあります。

----------(転載終わり)----------

ハイ、分かりましたか?私はチンプンカンプンです。

ちなみにこれを試されて、何か起きても(強すぎて床が溶けちゃったとか)私は責任を負いませんのでよろしく。

ちなみに現像液は体によろしくありませんが、停止液と定着液は殆ど体に害はありません。「ツーン」と来るぐらいで。

現像液が危険とは云っても、カラー現像に使われる薬品に比べれば、大したことはありません(筈です)。

現像液と定着液を混ぜるとガスが発生して、確か危険です。

という訳で、夏休み、私には最早過去の話ですが、こういう事もあるかもしれませんが、色々やってみて(やらせてみて)くださいね。

2005年09月05日

秋山亮二写真展「なら」

新宿のコニカミノルタプラザにて、『秋山亮二写真展「なら」』(9月12日 {最終日は3:00pmまで}まで)を観た。
はじめにお断りしておくとこのお方は私の写真の師匠だ。
だからと云って色を付けて云うわけではなく、本当に良かった。実際昨年の写真展 『「日々のまつり」〜世田谷で〜』はよく分からなかったし。

写真の一枚一枚では無く、全体として、この町に流れるゆったりとした時間が写っている。手慣れた感じのスナップは、安心感があって心地よい。

2005年10月14日

赤ちゃんを撮る

大学の女友達が子どもを産んで、その男の子を見せに来た。まだ数ヶ月だそうな。可愛いなあ。目の細い所、ふてぶてしく閉じた唇は、(この写真では分からないけど)朝青龍そっくり。

今回はニコンD2xで撮影、やっぱ(ピン外してるけど)一眼レフだなあ...


2005年11月04日

コニカミノルタよ!

撮影と日芸の学園祭に行った疲れで、このままぶっ倒れて寝てしまおうと思っていたら、「コニカミノルタが写真関連事業から撤退」のニュースが飛び込んできた。

写真関係から撤退したら、コニカミノルタプラザはどうなるのだろう?その目的は、「写真文化の向上」と「自社製品の啓蒙」みたいな筈だったから、写真関連事業から撤退したら、その必要も無くなるわけで、そうすると閉鎖という流れが考えられるわけだし、もう何年も続いている「プレミオ -新しい写真家登場」という、有能な若手に場所もお金も出しましょう、というのも無くなってしまうわけだろうか?

コニカミノルタプラザは、新宿の駅前(高野のビルの四階)という好立地で、雰囲気も良かったから、自然レベルの高い作品が集まった良い場所だったのだが...

メーカー系ギャラリーが消えるという事は、写真作品を発表しようとした場合、場所を借りるのにお金を払わなければならず、お金のない若手の人間にとって、大きな障壁となる。
けれども「株式会社」である以上、「お金にならない事業からは手を引く」のは当たり前であり、昨今とみにそれが強くなっていて、なんとも納得がいかないのだ。

「文化」をお金になる・ならないで切り捨ててしまって良いのだろうか?

今回は久々にアツくなってしまった...

夜九時現在、「完全撤退」を報じていた「アサヒ・コム(朝日新聞のニュースサイト)」も、「大幅縮小」という抑えた表現になっている。推測を交えた記事だったのだろうが、そうなる事も十分考えられるし、そう(完全撤退)なれば(ならなくても)、プラザの閉鎖という事も十分あり得る。

冷静な分析(というかあちらの云う事をそのまま並べているだけ?)はITメディアの記事が参考になる。
(速報)コニカミノルタ、写真事業を大幅縮小(2005/11/04 18:04 更新)

2005年11月24日

PUNCTUMで妙に冗舌

今度(夏)、写真展を銀座の写真を中心としたギャラリー(というか画廊)「PUNCTUM(プンクトゥム)」でやろうと思って、そこのヌシ、寺本一生氏に話を訊きに行った。

お金の事なんかも訊いたけど、色々自分が喋りまくった(ような気がする)。最近写真の事(表現という意味で)を話す事のできる人と余り往来していないからか、澱を吐き出して、妙に冗舌(本当は「饒舌」と書くらしい)に喋ってしまった。

その後、アップルストアでかねてよりiPodの電池交換(というか実態は本体の交換が一瞬で終わった)の予約をしてからニコンサロンへ。

小川 照夫写真展[「迥眺窓景(けいちょうふうけい)」-JR京葉線車窓より-]。作者本人がいらっしゃったので訊いてみたらやはりデジカメで撮った画像をそのままインクジェットプリントだとか。その方法を否定するつもりは無いけど、せめてカメラ側のシャープネスを落とすとか、せめて一工夫必要だと思いますよ。現在のデジタルカメラとインクジェットプリンタは、そのまま使って性能を最大限発揮できる程には成熟していませんから。
すみませんが内容に目が行く前に、その、テレビ画面を複写したような絵に見入ってしまいました。絵が良いという事は取り敢えず基本だと思います。

2005年12月11日

寒いけど満ち足りた日曜の午後

どんよりとした寒い冬の一日。駅前の床屋に行ってから、柏に出て東武野田線で大宮へ。携帯電話を家に置いてきた事を思い出すが、それも休日と開き直る。
大宮より宇都宮線で二つ行った「東大宮」(から正確には更にバスで少し行った)の喫茶店「温々(ぬくぬく)」(埼玉県さいたま市見沼区丸ヶ崎1856 電話:048-686-3620)で、好きな齋藤亮一(斉藤亮一)さんの写真展 『光の子』があり、それを観に行ったのだ。

喫茶店「温々(ぬくぬく)」は古民家を改造したという落ち着いた空間。
齋藤亮一さんの写真はいつも暖かい時間の流れを感じる。
いらっしゃった齋藤さんと写真好き(それで齋藤さんの写真を展示することになったらしい)というマスターと充実したお話をしながら、アールグレイ(紅茶)とケーキを頂いて、マスターに書いてもらった地図を頼りに帰りのバス停まで冬の夕暮れの中をとぼとぼ。

2005年12月30日

レンズ二本テスト

今回は全く写真(カメラ)の話です。興味のない方は読まない方が良いです。

70-200mm F2.8 のレンズを買ったので、以前から使っている 17-55mm F2.8 とあわせて、D2xでの撮影テストをしてみた。

取り敢えず場所だけ定めて三脚を据え、その場のTTLの値(三つ絞ってf8にしてその時の出た目でシャッタースピードは1/400)を固定して、後は機械的に17-55mmは17,28,55mm、70-200mmは70,80,105,135,200mm、の各点で撮影した。感度はISO100、画像はJPEGの最大(4288*2848pixel)、最高画質。シャープネスはOffで、階調も一番眠いモード。カラープロファイルはAdobeRGBを当ててあります。

画面端の色収差(偽色というのかな?明暗差の激しい部分に出るにじみのような物)に関しては、相変わらず派手に(というのか分からないが)出ていますが(特に広角側)、これは致し方ない事なのでございましょう。RAW撮影すれば、ニコン純正のNikonCaptureやPhotoShopで、消す事ができますし。

そのままのJPEGデータなのでEXIFも残っています。見てみてください。一枚5MB程あります。.Macのスペースが空いているので放り込んでおきましたが(Dionに移しました)、このデータは将来的に消える可能性があります。

AF‐S DX Zoom Nikkor ED 17〜55mmF2.8G(IF)
17mm / 28mm / 55mm
広角端の17mmでは周辺が流れるなあ。広角だから仕方ないのかもしれないけど。

AF-S VR Zoom Nikkor ED 70〜200mm F2.8G(IF)
70mm / 80mm / 105mm / 135mm / 200mm
ニコンのDXフォーマットですから周辺を使っていないわけで、安定して周辺までびしっと来ます。


2006年01月29日

単レンズ眼の衰え

昨日(土曜日)、久々に作品の撮影に、コニカのヘキサー(HEXAR)を持って出掛けたら、唖然とした。

ヘキサーは35mmの単レンズ(ズームじゃないよ)が付いていて、この35mmという画角を頭の中で覚えてしまうと、カメラを一々構えなくても、「ここだとこういう絵が撮れるな。」とか「ここまでは入るな。」なんて事が分かって非常に便利なのだが、

それが効かなくなっている。頭の中で画面が構成できない。仕事でD2x17-55mm(35mm換算で25.5-82.5mm)というレンズを付けて使っているために、35mmという画角が分からなくなってしまったのだ。ズームレンズの弊害というのはこういう所にあると思っているが、正にその通りの事に自分が陥ってしまった。

我ながら呆れつつ、ショック。



2006年01月31日

リズム

東京都写真美術館にて「植田正治:写真の作法」(2月5日まで)を観た。

早稲田の穴八幡宮に「一陽来復(いちようらいふく)」の御札を買いに行くついでに、昨日知って行った。

植田正治は昔好きで写真集も二冊ほど持っていたのだが、お決まりの砂丘の演出がイヤになって、最近は特に興味も無くなっていた。

今回も砂丘や戦前の写真が半分を占めていたが、それほど演出っぽく無く、普通の風景の中に氏のリズムを発見して、人物を配したような写真(今回の展示で云うと右奥の1/4ぐらい)が面白かった。場を離れ難く、何度も観てしまったから会場の人や受付の人には変に思われたかもしれない。

2006年02月02日

五月に写真展やります

五月に銀座のPUNCTUM(プンクトゥム)という画廊で写真展やります。
小さな所ですが、静かに写真を観るには良い所だと思います。
是非いらしてください。

「河と」
増田新写真展「河と」
06.05.09(火)-05.14(日)

http://www.punctum.jp/
東京都中央区京橋1-6-6 ハラダビル 2F
03-5250-5001
地下鉄 銀座線 京橋駅 6番出口 徒歩3分

2006年02月04日

腰にキター

銀座に出て帰りの電車、もう立っている(結構混んでた)のが辛くて辛くて。そして駅前のイトーヨーカドーで買い物、カートにしがみついて移動してました。

五月の写真展、プレスリリース用の写真とかで、紹介のポストカードサイズの写真を八十枚、ひたすら焼いていました。一昨日三時まで、昨日は一時まで。(インクジェットで出してくれるという事だったのですが、私が一枚一枚プリントする事にしたのです。)

普段の紙焼き(ネガを紙に写真として写す作業)ならば一コマ一コマ、ピントを合わせたり、キャリアにネガを挟んだり、椅子に座る事のできる作業もありましょうが、ひたすら流れ作業で一つのコマを休み無く焼き続けていると、大変です。

う〜腰イタ... 歳かなあ...

2006年02月21日

本日の収穫

閑もこう続くと飽きてきて、取り敢えず駅に出て床屋に行った。@CHaTで、顔が「チェッカーズの藤井フミヤに似てる」と云われた(ソイツは誰だか知らないけど)ので、このまま床屋に行かないと最近の彼みたい(Googleでイメージ検索した)なオタクっぽくなっちゃうので。
その後、柏に出てビックカメラで、少々要りような物を買った。

どっかに置いたまま無くしちゃったレンズキャップ。
D2xのケーブルレリーズ(今時はリモート云々と云うらしい)
納品用のCD-R。

高島屋の上天ぷらを食べて、携帯電話のお金を払って、一気に竹橋の国立近代美術館へ、須田国太郎展(3月5日まで)をもう一度観る。

2006年03月01日

Nikon Capture でイメージダストオフが効かない

また写真の話ですので一般の方はご覧にならない方がよろしいかと。

去年の七月、Nikonのデジタル一眼レフD2x」を買った。レンズ交換式のデジタル一眼レフは画像素子(CCDなんか)にゴミが付きやすい(ホントはゴミが付くのはローパスフィルター)という話を聞いていたので、標準レンズとして使えるであろう17-55mm(35mm判換算では約25.5-82.5mm)を一本買って、レンズ交換はしないつもりだったのだが、昨年の終わりに、遂に望遠ズーム買う事になって、偶にこっちに変えて撮る事になったのだが...

そうしたら来ましたよ、鬱陶しいゴミのヤツ。ボヤ〜っとした糸くずのような物が画面に写ってきやがって。
待ってました(本当は「遂に来たか...」)とばかりにNikonのデジタル一眼レフカメラに付いている「イメージダストオフ機能」を使って別売りのNikonCaptureというRAW現像ソフト(異論はあるかもしれないけど、僕の中ではそういう認識。)でゴミを消そうとしたのだけど、全く反応しない。ゴミが消えない。



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2006年03月17日

「愛について」(うつせみ)

映画「うつせみ予告編)」を観た。

「魚と寝る女」「悪い男」「春夏秋冬そして春」「サマリア」の韓国のキム・キドク監督の最新作(と思ったら予告編で夏の終わりに公開の「弓」なる映画が出ていた。)。

キム・キドク作品の衝撃的な世界に慣れ親しんでいる向きには、最近の作品は衝撃性(「訳のわからなさ」とも云うのだが)としては弱まった感じだが、精神的な衝撃性は健在である。
女は自分の理想の男を現実の男の後ろに観る。結局、男女の愛なんてこんな物かもしれないな。何だかんだ云っても、凄い映画です。そして、凄い監督です。

そのまま同じガーデンプレイスの中にある東京都写真美術館で「私のいる場所—新進作家展vol.4 -ゼロ年代の写真論-」を観た。こういう、現代美術みたいな写真を観るといつも思う。

たかが、写真なのにさ。

って、駄目?



2006年04月11日

なんやかやと一段落

仕事の撮影も一段落して、来月の写真展の為の現像(紙焼き)も土曜日に終わり、スポッティングをして、額装をしてもらうため、早稲田の会社に預けに行こうと、常磐線を南千住で降りてから都電三ノ輪橋の電停まで歩き、そこから早稲田まで全線走破。時間に余裕がないとできないワザだけど、今日はのんびり「チンチーン」雨の中を「ガッテンゴー...」。

額装を頼む予定の山之手写真製作所は、以前コニカミノルタプラザでの写真展の時も紹介されて頼んで居たので、今回も。と思ったら、早稲田から中野に会社が引っ越していた。早稲田から中野まで、地下鉄東西線で。

その後、中野から地下鉄東西線に乗り、飯田橋で地下鉄有楽町線に乗り換えて築地の会社(最寄り駅は新富町駅)にお届け物。

そのまま写真展をやる京橋の画廊に行って、打ち合わせなど。

これで一段落して、明日から我孫子でのんびりできる。畳に寝っ転がって新聞を読んだり、落語を聴いたり。

都電荒川線終点の早稲田駅

2006年05月07日

写真展搬入

明後日から写真展「河と」。額装屋さんに額に入れた作品を届けてもらい、設営をした(というか僕は見ていた)。

写真は画廊のオーナーの寺本さん。
良かったら観に来てください。

2006年05月09日

寝過ごした...

昨日は、某社に二時に請求書と写真を届けたら、仕事が終わって夜九時に新宿で待ち合わせの友人と会うまで閑なので、久々に新宿の末廣亭(末広亭)という寄席に入って桟敷でゴロゴロしながら笑って閑つぶし。

九時に会って、呑んで、バスが無いので酔い冷ましがてら駅から歩いて、帰ったのが午前一時。

目覚ましを鳴らしそびれて、撮影に遅刻してしまう。
そのまま、いつもなら相手先の会社に行き撮影画像のチェックをする所だったのだけど、担当のSさんの御配慮で京橋の自分の写真展へ。

静かで、ぼーっとして、気持ち良いなあ、こういう空間。

写真は昨日の末廣亭の桟敷席。

2006年05月15日

通常営業

写真展も(昨日)終わり、実家に泊まって、今日は朝から撮影(仕事の)に行ってきました。
金曜日には打ち合わせもあり、もう通常営業状態です。(あ、僕の「通常営業状態」とは、映画観て、寄席行って、美術館に行って、偶に作品撮って、仕事は程々にする事ですのであしからず。)

あ、仕事の友iBook、帰ってきました。早速今夜の今日の撮影画像のRAW現像から活躍してくれそうです、閑つぶしに。

朝の国立駅。とんがり屋根の駅舎。

2006年05月20日

興味のおもむくまま

昨日、打ち合わせの後、昼食をとってからコニカミノルタプラザに行った。

三つの部屋のうち、ギャラリーAでやっていた『フォト・プレミオ −24人の新しい写真家登場−永冨恵子写真展「東京ノラ猫生活」』が面白かった。
内容はタイトルそのままで、東京の諸処に居る野良猫を撮ったものだけど、後から付ける理屈はあるにせよ、「野良猫が方々に居る」→「かわいい」→「写真撮ろう」という素直な気持ちに、心地良い物を感じた。

何かをテーマに写真を撮ろうと思う時、それが与えられた仕事でなければ、何らかの興味を持った事に対してカメラを向ける事になるのだろうけど、昨今、写真がアートの様な物に接近してきて特に、「興味を持つ」から「写真を撮る」に至る行動の中に色々な考えをするようになって、中には「考えた所で終わってるんじゃないの?」という写真も多くなっている。

画面の整理はできてないし、プリントは下手だし... 技術的な事を言い出せばきりがないけれども、彼女にはこれからも、そういう純粋な気持ちを忘れずに写真を撮って頂きたいと思った。今後が楽しみな人だと思う。

フォト・プレミオ−24人の新しい写真家登場−門山大介写真展 「STRIPE」
も面白かったし、今回のコニカプラザは結構当たりだったのかも。

2006年07月24日

吉住志穂の事(思い出)

今朝、いつものようにデジカメ関連のニュースを巡回していたら、ソニー α100【第1回】お気に入りのデジタル一眼、α Sweet DIGITALとの違いは?という記事が出ていて、書いているのが吉住志穂嬢。

高校時代、雑誌CAPAに写真を投稿していて、その時に同じように出していたのが彼女。
載ると学校名が出るのだが、我が都立高校の近所の女子高に通っていた彼女がそれを見て「都立○○高校にいるはずの増田新様」宛という変な手紙(しかも便箋入り)を出してきて、クラスの人(担任含む)に冷やかされたのを覚えている。

きれいな花の写真という、僕とは全く違う写真を撮っていた彼女だが、時々会い、彼女は写真の専門学校に進み、風景写真で有名なT先生の事務所に勤め、最近独立してやっているとの事で、写真を観に行ってきたりしていた。

2006年08月02日

ふらふらする眼

写真展の感想は、余程心に残った時しか書かないようにしているのだけど、昨日最終日に寄った、新宿のコニカミノルタプラザでやっていた、「フォト・プレミオ」という一年間で24人の新人を送り出す企画の、年度賞の三人の受賞者の展示があったのだが、山方伸なる人の「Bee fly」は良かった。色々な地方都市の何でもない風景を、切り取って歩く。
僕が方々の、観光地でも無い地方の町をうろうろする時目に入ってくる風景って、こういう感じなんだよなあ。

余り一般的で無く、特に目を引かないであろうこういう写真って、続けるのも大変かと思うけど、頑張って欲しい、と真摯に思う。

2006年09月20日

やっとNikonCapture

写真の話です。

その事に気付いたのが今年の初め、問い合わせをしたのが3月1日。何も反応が無いので「どーなってるの?」と催促したのが5月ぐらいだったっけな?

やっと昨日ニコンサポートの方から電話があって、その不具合(私のD2xや友人の買ったD200でイメージダストオフが効かない)が修正されたアップデータを出したという事だった。

まだ使っては居ないけれど、あちら(Nikon側)でもこちらの言った不具合が同じように起きたという事なので、大丈夫だと思う。

しかし同じ様な症状に悩まされている人が居ないかググっ(Googleで検索)てみたけれど他に出てこないし、3月の不具合の記事には何の反応も無かったし、MacOS10.3のG4で、NikonCatptureを使っている人は余り居なかったらしい...



2006年11月07日

久々に写真を撮ってみたり

涼しくなってきたし、半年ぶりに作品作りをしようと十一時頃、池袋に出て写真を撮る。

何かデータを渡すので来て欲しいとかで、有楽町線で新富町へ行き、築地の会社へ。

データを貰って、そのまま銀座のニコンサロンへ。引っ越しをしてきれいになり、過去を振り返る「ニコンサロン1968-2006展」二期目(11月14日まで)。過去にニコンサロンで発表された写真の中で、今回は私写真をまとめる。荒木経惟が、奥さん陽子さんを撮った写真展の会場に佇む陽子さんを撮った写真は、凄い存在感。さすが「アラーキー」。

銀座で少々写真を撮って、帰途、駅から帰るバスの窓から見えた街道沿いの喫茶店「Titika(ティティカ)」に寄る。まだ帰ってお米に火をつけるには早すぎるし。
紅茶とケーキでぼーっとしている所。六時も過ぎたし、そろそろ帰るか。

友人の古関さんが数日前来て、手賀沼で写真を撮っていた

2007年02月23日

D-ライティング

Nikon D2x DX17-35mm F2.8 CaptureNXにてRAW現像+Dライティング

今回はデジタルカメラの話です。

Nikon D2x で逆光の赤ちゃんを撮る事など(今の所)無いので、良い機会だから再び他人の赤ちゃんを借りて...
ニコンのデジタル一眼レフカメラには、CaptureNXという純正RAW現像ある(別売り)。その中にニコンが誇るD-ライティング参考参考)という機能があり、逆光で人物などを撮った時に、通常の様に露出を多めに与えて被写体(人物)を明るくすると、背景が更に明るくなって白くなって(飛んで)しまう事を防ぐ機能で、逆光で明るくなってしまっている背景はそのままに、逆光で陰になっている暗い被写体の部分だけを明るくしてしまおうという機能。

正に前回の写真のような状況のためにあるような機能なので、これまで使った事が無かったけれども(余り建築写真には必要とされないであろう)、やってみようと思った。

結果は上図の通り。トーンカーブの上をそのままにして、下の方を持ち上げた様な感じで、僕は気味が悪いと感じた。逆光の抜けた様な感じがなくなって、ヌメッとした感じ。好みではあるけれども、僕としては背景は飛んじゃうけど、普通に露出補正した方が自然で好みだな、僕は。

前回の記事と見比べて見てください。



2007年03月31日

白髪

風邪が治ったら、昨日一昨日と撮影が入って、一昨日は静岡(から高速バスで一時間行った御前崎の方)、昨日は別会社ので市ヶ谷に撮影に行っておりました。

僕の場合デジカメで撮ってそれを4×5(「シノゴ」蛇腹が付いたレンズで、後ろから布かぶって覗く奴。)並の画質を出す為に、単にカメラ構えてシャッター押して終わり、じゃなくて撮影後加工する事を前提としたRAWデータで撮って、画像をいじって画像を作る、現場で撮った物はあくまで素材、
なので、撮影に行っても後処理作業が色々あって一息ついてる場合じゃないんだけど、取り敢えず久々の自宅で(風邪ひいてから{風邪ひく前に撮った写真の後処理で風邪が一番酷かった頃は実家に帰れなかったのは既述だけど}実家に帰っていたので)なんか「ほっ」と。

一昨々日、翌日静岡に行く為に機材を取りに実家から我孫子に一旦行きがてら、新宿でコニカミノルタプラザに寄ったら、師匠の秋山亮二さんとエレベーターのトコでばったり、「写真(作品としての)撮ったら見てください。」って、昨年末写真展を観に行った時も同じ事言っていた様な...

静岡への新幹線、常磐線グリーン車に乗り慣れて?みると、余り快適とは言えないなあ。新幹線のグリーン車だと快適なんだろうか(おいおい)。

静岡は暖かくて、と思ったら東京も暖かかったようで、翌日の市ヶ谷ではお堀端の桜が一気に満開になっていた。朝の雨もお昼にはあがって晴れてきて、周辺で働く人達が、ランチを桜の下でしていた。

朝風呂に入って出てみたら、白髪が一本生えている。お疲れなのか分からないけど、なんか格好良い。もっと白髪生えないだろうか。写真を載せようと思ったけど、自分の頭の白髪の写真なんて、撮りづらくて諦めた。

2007年05月23日

今度は黒いiPod

銀座のアップルストアに行って、新しいiPodを買ってきた。新しい奴の黒いの。今持っているのが2003年発売のこれだったのだけど、電池の持ちも悪くなってきたし、10GBだと僕のiTunesに入っている全ての曲が入らないので、新しいのを買った。

ちなみにこれを外に持ち出す事は恐らくありません。お風呂場のラジオに電波を飛ばして風呂に浸かりながら落語を聴くか、暗室作業中に落語を聴くか、しか使う予定無し。
新しいおもちゃを手に入れて、会う人毎に自慢しようと思ったのに、残念。

2007年09月14日

鬼海弘雄さん

銀座での次期首相の街頭インタビュー

前日、中野で打ち合わせがあったので実家に泊まって、
朝新宿のコニカプラザを観てから、銀座のニコンサロンに鬼海弘雄展「東京夢譚」を観に行った。鬼海弘雄(きかいひろお)さんは好きで、写真集も持っていて、東北旅行に行く前からこの写真展に行こうとチェックしていた。

ご本人に始めてお会いして色々お話しした。木訥(ぼくとつ)という言葉が似合う方気さくな方。

そのまま銀座界隈を歩いていたら、和光の前で、街頭インタビューをやっていた。


2007年12月08日

二階建て新幹線に乗った

しばらく写真の仕事は無さそうだったので、レンズの端の方にカビが生えていたレンズ二本(17-55mm F2.870-200mm F2.8)を、銀座のニコンに行って清掃に出したら、
金曜日横浜の撮影の仕事が入ってしまった。学生時分に行っていた赤坂の料理写真のスタジオに行って、カメラとレンズ一式を借りてくる。カメラは清掃に出していなかったのだから、レンズだけ借りてくれば良い様なものだけど、そこはキヤノンのカメラとレンズばかりで(以前まで当たり前の様にニコンで揃えていたけれども、全部売っ払っちゃったとか、そういう話多いね。)、明日使わないからという事でEOS-1Ds とレンズを三本借りてきた。

ある程度のカメラマニアとしては、触る事のない35mmフルサイズの1Dsなんて面白いし、発売当時(確か僕がニコンのD2xとどちらにしようか迷っていた頃だと思う)100万ぐらいしたカメラなんて触っても楽しい... 筈なのだけどそのスタジオでロケに使って出ていたのを借りてきたのが午後七時、僕は翌朝持って出ないといけないんで、一所懸命あたふたあたふた、操作は分からないし(大体最近やっとキヤノンもそれを認めてがらりと変わったらしいけれども、EOSの操作のインターフェイスは使いづらい。)、仕事で失敗があったりする訳にいかないし...

EOSのデジタル一眼レフは皆そうらしいのだけど、ニコンと違ってRAWデータはTIFF画像として吐き出されるみたいで、これがかなりドキッとしちゃうんだよね。TIFFで撮ってしまったという事はもうホワイトバランスも露出もトーンカーブも変えられないという事だから。

「翌日使うから、そっち撮影終わったら返せよ。」と言われていたので横浜の撮影が終わったらすぐに赤坂のスタジオに返却。

と思ったら、帰りの京浜東北線の中で某I社のSさんから「明日、急で悪いんだけどさ〜 宇都宮行ってくんない〜?」と言われ、まあ何もないので引き受けたのは良いものの、カメラの問題が。

また明日もこんな思いをするのはたくさんだ。大きな不満は多々あれど(タダで機材を借りた分際で言いたい放題言ってすみません)、明日は印刷物の撮影だし、

●画面周辺の色収差の補正もできない(わけじゃないけど自動補正の機能は無いのでやりたい人は自分で数値を入れて取り除かないといけない)。
●色空間がsRGBだけでAdobeRGBが無い。
●トーンやシャープネスの設定も無い(のか分からないけど取り敢えず見つけられなかったし勝手にいじるのも悪い)。

から総じて質感描写にも関わる(絵がシャープならばちょっと見た目は良いんだけど、「ギラリ」とか「ツルリ」とした質感は出ても「ザラザラ」の質感は出ない。)のですぐさま銀座のニコンへ。

サービスセンターのおじさん曰く、レンズはこっちで預かった物でNPSで預かってはいないので代替品の貸し出しは駄目。
NPS」という核不拡散防止条約みたいな名前のプロ専用のサービスセンターみたいなのは一般人用サービスセンターの隣にあって、ムサい「プロカメラマン」の方々が出たり入ったりしている。中ではコーヒー飲み放題でフカフカのソファがあるらしい。レンズなんか修理に出しても、貸し出しの品があればそれを修理の間貸してくれるとか。
う〜ん、もうこっちで修理受けちゃったから駄目って、素晴らしき縦割り社会、さすが旧日本軍御用達の「日本光学」。でもサービスセンターのおじさんもこちらの事情をよくきいてくれて、35-70mm F2.8 というフィルムサイズのレンズなら(ちょっと昔のだけど)あるからこれなら貸してあげられるよ、とのお言葉。ありがたくお借りし(借りたレンズを持ってこないと修理が終わったレンズは返してくれないのだとか、まあ総計50万円のレンズが人質って事なのね。)

なんとか明日のレンズを得て(トキナーの 12-24mm F4 は家にあるので大丈夫。)、帰りの我孫子駅で翌日の新幹線の切符を買う。翌日使い慣れたD2xと共に出発。11時過ぎ上野発の新幹線なのでちょっと余裕。しかも昨日買った切符を見たら、指定席券は「Maxやまびこ 2階席」としてあるし。

人生初の二階建て新幹線の二階ですよ。宇都宮までの少しの旅だけれども、なかなか気持ちいい。

仕事が終わって、某I社の一緒に来た女性に、「まっすぐ新幹線で帰るんですか〜?増田さんは電車好きだから帰りはもっと変なルートで帰るって課の人言ってたのに〜」って... こんな重い荷物しょって、乗り換え乗り換え帰れますか。
そりゃ宇都宮から小山まで東北線で出て、そこから水戸線で結城(ゆうき)を通って下館(しもだて)に向かい、そこから関東鉄道常総線で取手まで行って、常磐線で我孫子に戻るというジグザグコースを辿ろうかと一瞬思わなくも無かったですけど。

素直に帰って(風邪っぽかったし)、今日は一日家でゴロゴロしてました。明日も一日家でゴロゴロしている予定です。

2008年02月03日

雪の日の外出

青山ブックセンター(ABC)本店と同じビルの un cafe(アンカフェ)のサンドウィッチ
前夜寝るときには、しとしと外から聞こえてきたのに、朝起きると静か。止んだと思って雨戸を開けたら、夜の雨は雪に変わって降り続いていた。

髪がいい加減伸びてきたので、床屋に行く。雪の日の朝から来る奴もいないだろうと思って行ったら、考えることはみんな同じ様で、既に二人待っていて終わったのは昼。

今日は数週間前から楽しみにしていた青山ブックセンター(ABC)でのチェコアニメーションの無料上映会なので、「何もこんな日に降ることも無いのに」と思いつつ家に戻ってバス停へ。


我孫子駅に行くバスは時間通りで、逃してしまった。悔しいからそのまま、雪の上を用心しいしい駅まで歩いたら、時間がかかってしまった。素直に次のバスを待てばいいのに、と、いつも歩いてから冷静になって思う。しかも折り畳み傘の袋を無くしてしまった。

そして上映会。
アニメーションフィルムBOOKシリーズ1『ふしぎな庭#01』(宙出版)刊行記念
『ふしぎな庭』 ポヤル&シュチェパーネク アニメーション作品上映会

「ふしぎな庭シリーズ」全5作品上映
「動物がすきな男」「広がる霧」「トラを捕まえろ」「銀紙に包まれたねずみの話」「クジラのラジク」

こうしたほのぼのとした素朴な世界を、儲けに関係なくその道を追求できたというのは、一つの良い時代と社会だったのだろうけど、今の日本は資本主義の成熟した形として社会主義の方向へ(共産主義じゃないよ)行っても良いと思う。

お昼を食べる間もなくここに来たのだけど、上映会が終わっても雪はまだ降っていて、外に出るのさえも億劫なので、同じビルの同じ地下一階にある喫茶店「un cafe(アンカフェ)」へ。
サンドウィッチのセットが1,365円、「さすが青山」と思ったけれど、来てみると大きなお皿においしそうなサンドウィッチ二つとフライドポテトとピクルス二本。サンドウィッチに挟まれたローストビーフはおいしいし、レタスもトマトもおいしい。
写真日記に載せるつもりもなくケータイに付いたカメラで撮ったので、色が転んでポラロイドみたいになってしまった。

折角なので、アサヒカメラを立ち読み。D3と一緒に出たニコンの新しいナノクリスタルコートの24-70mm F2.8 レンズ、良さそうだなあ。逆光でゴーストが殆ど出ない(記事によるとそうらしい)ってのは良いよ。
持っているのが12-24mmと70-200mm。ちょうど間を埋めるのに17-55mmではなく24-70mmってのは良いよな、なんて。

さて、表参道から千代田線で我孫子行きに乗ってのんびり帰るか...って、常磐線への乗り入れ止めてるよ。北千住で乗り換えて帰るか。

2008年02月28日

早い宅配便

築地のそば屋「さらしなの里」の穴子天もり

今日は某I社の関西の工場から、物件の写真と色を合わせる為のタイルが届く日だったのだが、
打ち合わせにも、日芸の卒展にも出かけるから家には居られないな。
なんて思って、目覚めの朝風呂に入り出てきたら玄関のチャイムが鳴った。
なんだろうと思って玄関横の流しの上の窓から首を出すと、クロネコヤマトのトラックが止まっていて、「宅急便で~す」。
配達の人は男性だったし待たせるのも悪いので、パンツ一丁のままドアを開けて荷物を受け取る。
「やけに早い宅配便だな」と思い時計を見ると、九時十分前。

数日前、柏のビックカメラで買ったDENONの五万円のスピーカー(こっそり自慢)を配達してもらった時も(別の会社だったけど)九時数分過ぎだったし、どうもわが家の地区は、
「どうせ家族ばかりでみんな朝から起きてるし、先に済ませてから他を配ろう。」
という地域になっているらしい。

ミッドタウンの富士フィルムフォトサロン日芸の卒展を観て、ついでにサントリー美術館でやっているロートレック展を観る。
凄い人で、絵が見えない。ザワザワとした喧噪の雰囲気を絵の中に描き込める人だなあと。
三月半ばまでやって、次はローランサンだそうで、こりゃまた混みそうだなあ。と思ったらこれは大阪の天保山だった。

-以下メモ-
MacOS10.4のSpotlightは、書類の文章の中身まで検索してくれる便利な機能だが、「プライバシー」という設定で、検索されたくないフォルダは検索対象から外してくれる。
しかし検索対象にしたくないフォルダ或いはそのフォルダが入ったフォルダの名前が半角英数字以外で始まる場合、「プライバシー」の設定は意味を為さず、検索されてしまう。これはMacOS10.4.11でも修正されていない。
検索結果に秘密のフォルダの中身が出てきてびっくりした。

お昼は打ち合わせ先近所の築地のそば屋「さらしなの里」の穴子天もり。

2008年03月18日

こんな日記が書きたい

数年前、ブログという言葉さえなく、コメントもトラックバックもなかった文章と写真だけの「写真日記」を始めたのは、「こんな日記が書きたい」と思ったからだった、高木敏光氏の「虚日記」。
その後、我が「写真日記」もブログ形式に移行し、コメントもトラックバックもできるようになって、それでもダラダラと続いた。

最近、高木敏光氏が再びブログを始められて、読んでいるのだけど、やはり文章の力のある人の書く文章は良いなあ、と改めて思った。3月15日「庭の花」


僕はDOMKEが好きで(カメラバッグのブランドとしてドンケ{本家の英語の発音は「ドンキ」なのだけど「鈍器」を思わせるので日本では「ドンケ」にしたとかしないとか}は結構有名で、外でカメラを扱う人の中にはドンケを愛用する人が多い。)(一時期TENBA(テンバ)に浮気していたけれど)、カメラバッグとしてはもちろん、小さなF-803などパソコンを入れたり持ち歩いている。
それが今度から値上げになるとか。原油価格も良いけれど、円高で相殺してくれないのだろうか。

2008年10月13日

下町徘徊

起きて、洗濯して、干して、机に座って細々と... どうも部屋中酒臭いなあ、と思ったら湯呑みに呑みかけの焼酎のお湯割りがあった。

家を出る。常磐線を南千住で降り、小塚原刑場跡を横目に少し歩き南千住のバス停から東京駅行きの都バスに乗ると、馬喰町(ばくろちょう)の目的地「FOIL GALLERY」にて、長野陽一写真展「シマノホホエミ」を観る。

大西みつぐさんの写真を目当てに一週間ぐらい前に行った喫茶店が向島にあって、
写真はともかく、エゴン・シーレアンドリュー・ワイエスの画集のある本棚があって空間として良い所だなと、お茶でも飲みながらそれらを眺めたく、また寄ってみようと思っていたので、
馬喰町から乗ったバスを今度は途中の駒形橋で降り、雷門まで歩いてバスに乗って、向島で降りた。

その「アート&カフェ こぐま」は、今日が丁度大西みつぐさんの写真展の最終日で、夕方御本人がいらっしゃって、色々お話をした。

大西みつぐさんとゼミの卒業生と向島の「アート&カフェ こぐま」にて

綜合写専の大西さんのゼミの卒業生の女性と、一緒に来ていた男性と記念撮影、やはりゼミの卒業生らしい他の女性に撮ってもらった。


南千住駅を降りてバス停まで歩く。休日の一杯呑み屋。


2008年10月23日

結構体が覚えているもんだ

今日久々にフィルム現像をした、一年ぶりに。ダークバックの中でフィルムタンクにリールをなんてちゃんとできるかなと思っていたけれども、結構体が覚えているもんだ。ちゃんと巻けました、そして現像できました。

使い終わった定着液を入れた先が、4.6リットル原液の入った現像液のタンクだった他は...

2008年11月26日

石本卓史写真展「脆弱なる大地」

阿佐ヶ谷パールセンターの「ねじめ民芸店」で買った湯飲み(丹波焼 兵庫県 立杭窯)と皿(下田焼 滋賀県)

三連休実家で過ごして、昨日我孫子に帰ってきた。区役所に行ったついでに、阿佐ヶ谷のねじめ民芸店で、湯飲み(丹波焼 兵庫県 立杭窯)と皿(下田焼 滋賀県)を買ってきた。湯飲みは焼酎を呑む為。

新宿のコニカプラザに行ったら、プレミオという新人作家を発掘する企画(もう何年になるのだろう)で、石本卓史さんの「脆弱なる大地」という写真展をやっていた。
御本人ともお話しをしたのだけれども、こういう被写体は特に、向こう側に引き込まれずに自分のスタンスで撮る事が難しいと思うのだけど、この人は被写体との距離の取り方がうまい。
相手にのめり込まず、ただ傍観者として貧しい生活を眺めている、それも人の生き方だよね、というような。

2008年12月05日

プリントの魅力について考える

前に一度行っていたのだが、もう一度観たくて、上野の国立西洋美術館に「ヴィルヘルム・ハンマースホイ 静かなる詩情」を観に行った。

どんよりとした寒そうな北欧の曇り空(行ったこと無いけど)の、静寂の景色。


山手線で田町に行って、PGI (Photo Gallery International)へ。
川田喜久治写真展「遠い場所の記憶:メモワール1951-1966」
を観る。戦後の風景が淡々と。
古関さんのブログで「インクジェットプリントって凄い!」てな事が書かれていたのだけど、普通の銀塩プリントみたいで「どこがインクジェットなの~?」とメールしたら、「全部そうらしいよー」と。
確かに、プリントの他の面はきれいなのに、(トーンが)暗部にさしかかると、途端に針が振り切れたみたいにドーンと真っ黒になっちゃう。
「こういう物なんですか」とギャラリーの人に言ったら、同じ紙で焼いたトーンの豊富な絵を見せてくれたけれども、トーンカーブがリニアの様なヌメッとした印象で、暗部はそこそこ出てはいるんだけど、ガサガサしたような感じ。

生のプリントの魅力って、印刷物と違って暗部が真っ黒の様で、よくのぞき込むと実はそこに何かが立ち現れてくる様な、沼の底を見つめる様な物があると思うのだけど、これではちょっと。
インクジェットプリントの割には凄いって事なのかな?

川田喜久治さんの写真も、暗部が潰れている様で居てのぞき込むと実は薄くあって... というのだともっと作品に深みが出たと思うのだが。
所詮印刷物の延長の様な。

芳名帳を見てみたら、結構日芸写真学科の人達が来ていた(誇らしげに学校名を書くなよ)のだけど、これが良いプリントの基準の様に思われちゃうといけないよな、と思いつつ。


PGIに行く途中の芝浦の運河。


2008年12月23日

土曜日の忘年会など

土曜日、友人達と以前から計画していた忘年会が所沢であるので(何しろ参加者の住所が 川越×2人+江古田×2人+東村山×1人 なので、我孫子の僕には全く配慮せず開催地は所沢と決まってしまった。)、昼過ぎこっちを出て写真展を観て実家に寄ってぶらぶら行けば良いかなと思っていたら、築地のI社に用事ができて、まずはそこに行くことになった。

それから東京駅に出て新宿へ。新宿ニコンサロンにて、谷井隆太展「ものみゆさん」を観る。
谷井隆太さんは以前コニカプラザでの新人発掘の写真展で観て、良いなと思って芳名帳に名前を書いていたら、案内葉書をくれた。
一度あちらで「新人」として扱われていながら、こちらでも「新人」ってどうよ?と思わないでも無いのだが、そんな事を言ってられない、自分の作品発表の場があれば貪欲に、というのが「新人」という物なのだろう。
色々好き勝手な事をしている人々を大きなプリントで。彩度を上げてそれが非現実的な感じで良いかとも思ったけれども、日本カメラに載った普通ぐらいの彩度の物も、良かった。
絵全体の彩度を上げると、折角の面白い小さな人達の動きが埋もれてしまうのかもしれない。

次の目的地、南阿佐ヶ谷に行くために丸ノ内線の新宿駅に行き、ついでに駅に繋がった高野のビルの4階の、コニカミノルタプラザに行く。さして期待もしていなくて、通りがかって寄っただけなのだけれども、北田祥喜写真展「続・和歌山ブルース」が良かった。
なんか地方都市をぶらぶらしているとこういう景色に会うのだけど、別にカメラを構えるなんて気にならなくて、そうすると頭の中に「あれ良かったな〜」なんて残る、そういう一瞬を丹念に拾っている感じがあって。
でも実際は辛抱強く、待って待って、その瞬間が訪れるのを待っていて、計算された世界がこういう写真になるのだと思うのだけど。

そして南阿佐ヶ谷のギャラリー街道へ。
丸ノ内線が下を走る青梅街道から少し入って... と行くと、そのまま我が母校、都立杉並高校に行く道で、何の事はない、高校三年間、自転車で毎日の様に通っていた道から少し入ったアパートの二階。
学生時分、友達の下宿に遊びに行くとこんなんだったなあ。なんて思いつつ。
本山周平写真展「写真の手帖3 信州」を観に来たのだけど、なんか暗い、試し焼きみたいなプリントで、中身もそれなり、だった。この暗い世界をうまく表現できたら良いのになあ、なんて。

ここは写真家の尾仲浩二さんが借りて作品を発表しているアパート。手摺が鉄の棒一本だけの急な階段と、階段を一旦下りないと開かないドアが怖い所だけど、居心地の悪い所ではない(友達の家の暗室に来たみたい)ので、体の丈夫な人はどうぞ。

結局実家に戻るのは諦め、丸ノ内線で新宿に戻って参加者の一人と待ち合わせ、こちらの用事を済ませ(遅れていなかったのに私の用で遅れさせてしまいました、すみません...)て所沢の忘年会へ。

気の置けない仲間というのは良いものだ。「あの生意気な増田くんが三十になるなんてね〜」って余計なお世話だ。



2009年02月02日

お札を取りに

池袋のストリップ(ヌード劇場)「ミカド劇場」

今年も高校の後輩と早稲田の穴八幡宮にて「一陽来復」のお札を買ったのだけど、着物を脱いだのと一緒に実家にお札を置いてきてしまったので、昨日実家に帰ってお札を持って今日我孫子に帰る。

区役所に行って用事をすませてから、新宿のコニカミノルタプラザへ。

プレミオ 岩本浩典「WARNING!!」
多重露光できれいな風景を、というのはあったと思うが、都市の風景を、というのは余り無かったように思う。少なくとも僕はならはらいっこうしか思い浮かばない。
雑多な都市の光景に波頭がかぶさって、押し寄せるようなかっこいい風景になっている。ただそれはあくまで日本の写真の歴史を多少知ってる人間の言うことであって、イメージのたんちょではあるけれども、これらを完成した一つの作品とは思わない。

プレミオ 織田健太郎「confrontations」
発想は面白いんだけど、それらをコレクション的に並べられても、見る方の「こういう写真が撮れるんだろうな」という予想を全く裏切らない絵ばかりなので「そうですか、ご苦労さん。」という感想しか浮かばない。

池袋の新文芸坐に行き、ヴィム・ヴェンダースの「都会のアリス」「パリ、テキサス」の二本立てを観る。

やっぱり、時代という物を感じる。「パリ、テキサス」なんて、アメリカ特有のピックアップという農作業のデカいトラックみたいなんでハイウェイをバーッと。格好良いもん。

ただ二本とも、「ヴィム・ヴェンダース」という名前があるから凄いという先入観を持って観るのであって、何でもないことをただ描いて何でもない。という映画かもしれないという疑念は持って観た方が良いと思う。

2009年02月09日

風景写真

昨日、恵比寿の東京都写真美術館で、「ランドスケープ 柴田敏雄展」を観た。観たい観たいと思いつつ、最終日の昨日になってしまった。

この人が木村伊兵衛賞を取ったのが92年、もう十年以上前か。当時(と言っても受賞時の既刊雑誌)は雑誌に載った写真を見ても「ふーん」という程度だったが、ある程度の量を大きなプリント群で見せられると、迫力が違う。日本の地方の異様な巨大建造物(砂防ダムだとか崖崩れ止めにコンクリートで覆ったりだとか)を前にしたその場に居る様だ。雑誌では分からなかったけれども8×10inch(ネガの一コマがB5版ぐらい)の、大伸ばししても細部まで描く描写力もあり。

風向明媚な所を撮ってコレクションするばかりが風景写真では無い。これも今の日本の風景写真。
とこんな事は92年の木村伊兵衛賞受賞時にさんざ言い尽くされたんだろうけど。


メモ
MacOS10.5のTimeMachineからの復旧は、OSインストール後はエラーが出て駄目だったけれどもCDから起動してやったらすんなり元通りに。

2009年04月10日

ゆで玉子サービス無料というだけで

昨日久々に行った江古田にて。

駅前で貧乏日芸生の腹を満たしていた安いラーメン屋では、只今「ゆで玉子サービス無料」。
学生の課題でももらって使ったのか、スタジオでちゃんとライティングして撮ったらしい玉子が。
たかがラーメン屋の「ゆで玉子サービス無料」如きになんじゃこりゃ。

(新しいデジカメを信濃大回りの旅以来、ずーっとオートホワイトバランスで使っているのだけど、今回もうまく雰囲気を壊さずの微妙な値を出している。)

2009年05月02日

DP2 購入

リコー GR digital と SIGMA DP2

一部の人には説明する必要が無いくらい、機能を割り切った、良い写真を撮るための道具としての意味以外無い、ズームも手ぶれ補正も顔認識なんてもちろん無い、新発売のデジタルカメラ、シグマのDP2を買ってきた。

単焦点(あらかじめ決まった画角になっていてズームできない)のコンパクトデジカメとしては、去年夏に買ったリコーの GR digital があったけれども、これは画角が28mmというワイドな物だったので、「(出るわきゃ無いと思うけど)35mmぐらいの画角のコンパクトデジカメが出たらただ黙って買おう」と思っていたら、シグマが本当に(35mmじゃないけど)40mmという画角でコンパクトデジカメを発表してきたので、先週発売だったのだが、もう買ってしまった。

作品の制作のスナップに、これまでは主にコニカのヘキサーというフィルムカメラを主に使っていたのだが、この御代にフィルム現像してプリントして、というのも面倒になってきて、じゃあそれに代わるカメラという事で、ヘキサーと同じ35mmの画角のコンパクトデジタルカメラを待ち望んでいた。

どうやら良い形でフィルムカメラとは手を切って作品制作をデジタルカメラに任せる事ができそうになったので、秋葉原に行ってヨドバシカメラで買ってきた。69800円。10万は超えるかなと思っていたけれど存外に安く発売されたので、良かった。

まだ買ってきて箱を開けた程度なのだが、上記の通り、「良い写真を撮る道具」以外の部分は全て放棄している様で、全てがちゃちい。
プラスチック然としたテカテカの筐体は、もっと安いけれどマグネシウム合金の GR digital と比べるべくもなく、スイッチ類は押して離すと「ビヨ〜ン」という部品と部品がきちんとかみ合っていないスカスカな感じはするし、液晶はきれいじゃないし、レンズは電源オフの状態でやっと三センチほど出っ張った状態で、電源を入れるとニョキニョキとレンズが伸びてくるし...

写真は左がリコーの GR digital 、右が買ったDP2。2倍近い価格差があるとは思えない。GRの方が絶対おしゃれだよね...


せっかく買ってきたのでかなり暗くなってきてはいたけれども、フィルム感度をISO800にして撮ってみた。我が家の地を這う様なツツジ。

SIGMA DP2 F2.8 ISO800

2009年05月17日

近況

十月に写真展をやる事になったので、その準備で夜な夜な半切のプリントをしていた。
展示枚数は三十枚ほどなのだけど、これから暑くなってしまうと温度管理が大変になる(全ての薬液を20度に保つ様にしないといけない)ので、今のうちにやっておこうと思った。

九月も彼岸過ぎれば涼しくはなるだろうが、その頃にはもう額装屋さんにはプリントを預けなければならないだろうし、考えてみると面倒な時期に写真展をやる事にしたものだ。

2009年06月22日

E-P1とDP2

近所のあじさい SIGMA DP2 F3.5 1/125 RAW現像時に 露出-0.6 彩度-0.8

オリンパスからE-P1が発表された。

簡単に言うとコンパクトデジカメのレンズを交換できる様にした新製品。今の所交換レンズは普通のズームと34mm(35mm換算)の単焦点レンズだけ。

ところで先日購入したシグマのDP2質感はプラスチック然としてちゃちだし、不格好だし、とても七万円するカメラには見えない

格好や質感はともかくも(僕個人としては他人が見て身構えない様な安っぽいカメラの方が良い)、撮っていて不満に思うのが、シャッタータイムラグの長さ。
レリーズボタンを半押ししてAFやAEを固定し、それから構図を決め、歩いている人のタイミングを見計らいレリーズボタンを押し込むと、間に一つ間を置いてシャッターが切れる。「カシャン」(「カ」がレリーズボタンを押し込む音だとして「シャン」が実際にシャッターが切れる音という感じ。)

雑誌やインターネットのレビュー記事なんかだったら、「この一段ずれる感じが心地良いのである」なんて誤魔化しそうだけれども、そう自分を誤魔化そうと思おうにもやはりこれは無理だ。タイミングが一歩遅れた写真がたくさん撮れる事になる。

フィルムカメラで使っていたHEXARはこんな事は無かったし(確かに格好も無愛想だし操作性も悪かったけれども)、なんか凄く嫌だ。

そこで新発売のE-P1。34mm単焦点レンズを付けてスナップするには、良いんじゃないの?と思っている。いや、このDP2も「シャッタータイムラグ問題」さえ解決されれば良いのだが。

DP2は、出てくる絵は非常に良いと思う。カラーフィルムで言うとコダクロームの様な。デジカメの絵作りがベルビアやプロビアの様なスキッとしたヌケの良い方向に行く中、この濁った様な深い色は個性的で貴重だと思う。
(ただ、下らない何も写っていないだけの写真に「何かあるんじゃないか」と思わせてしまうという危険な弊害もあるのだが。何も写っていない物は、どんなカメラで、レンズで写そうとも、「何も写っていない」のである。)
しかし、幾ら絵が良くても、こちらが思った瞬間を切り取れないのでは意味が無い。

だから、その点をE-P1に期待する。
ただ銀のボディに銀のレンズは無いと思う。別にカルチャーセンターで自慢しようってんじゃないんだから、こんないかにも「持ってますよ」というのは勘弁だ。黒塗りのでも出たら買おうと思う。

いつも歩いて通る所にあじさいが咲いていてきれいだなとは思っていたのでDP2で撮ってみた。レンズがどうのとか、カメラがどうのとか、FOVEONがどうのとか言うよりもまず、あじさいが濡れていた方が花の質感も色っぽさも出るのだろうが。(画像をクリックすると等倍に拡大)


こんな所で晒す事もないとは思うのだが、友人が三歳になる娘に柊を、青い実を付けているというだけで「ブルーベリーだよ」と教えていたのを思い出し、庭の本物のブルーベリーを撮って載せる。まだ実は緑だがね。(これもDP2にて撮影・画像をクリックすると等倍に拡大)

まだ実の青いブルーベリーの木 SIGMA DP2 F3.5 1/125 RAW現像時に 露出-0.6 コントラスト+0.8 彩度-0.8

2009年06月28日

久留里(くるり)に行ってきた

別に難読地名ばかり選んで出掛けている訳では無いのだが、今日は房総の久留里に行ってきた。
内房線で東京湾沿いを南に下り、途中 木更津から久留里線というローカル線に乗り換え久留里へ。

持ってくれれば良いなと言う希望も空しく、着いたときは既に雨。向こうに見える青いテントの様な物の辺りが今回の目的地のお祭り会場なのだが、それ以外はひっそりと。梅雨の里山の風情。

田舎に行くと見る、もはや商店街の体をなしていないのに在る、商店街の様な、店の名前の入った街灯は、寂しさを余計感じさせるアイテムである。


この間行って写真日記のために写真だけ撮り、忘れていた亀有のショッピングセンターの衣料品売り場。もう開店後数時間過ぎていますが。

「しかし西洋人風のマネキンに浴衣は似合わないなあ」とか「もうここは梅雨明けなんだな」とか考えたり。


今回は写真を説明しすぎてしまった。本来写真家が写真の中で提示して見る者に考えさせるべき所をこうやって文章で説明してしまうと、見る側はそれ以外の見方ができなくなってしまう。人によって見る所、受け取り方は違うから、写真は面白いのに。

2009年07月01日

久留里の大賀蓮

久留里の大賀蓮 SIGMA DP2 F5.6 1/125 ISO400

久留里に蓮を見に行った時、DP2で撮った写真。

地元の人が休耕田に蓮を植えているのだそうだ。
こうやって見ると心洗われる雲上の秘境の様だ。余り咲いていないけれど。

地元の食堂のおばさんは、「去年はもう咲き終わっていて今年は...」なんて言っていた。

2009年09月17日

只今ブツ撮り中

仕事をしている某タイル会社から、タイルだけスタジオで撮るブツ撮りもできないかという事だったので、懇意にしている赤坂の料理写真のスタジオを借りて撮らせてもらった。

「今の光線状態でどう撮るか?」の自然光と違って、じっくり好きな様に光を動かし、強めたり弱めたり、ピーカンにしたり薄曇りにしたり、面白い。

2009年09月25日

写真展をやります

ついに昨日、展示のために半切(35.6×43.2cm)の印画紙に焼いた写真41枚を、額装を依頼する業者の人に渡し、後は会期前日の搬入をするのみとなった。

10月14日〜10月23日 新宿タカノフルーツパーラーのビルの4階にあるコニカミノルタプラザにて、写真展「屋上天国」をやります

デパートの屋上に集う様々な人々の姿を切り取った、写真です。

仕事のサイトを更新しつつ、前にやってから二年以上経つのか... などと思いつつ、こんな写真です。

(まだ案内葉書が千何百枚余っていますので、配るあてのある方は言って頂ければお送り致します。)

2009年10月17日

西荻駅ホーム端の青い光

写真展、そりゃ写真を観る為に来てくれる人が一番ありがたいし、そういう人がゆっくり写真に浸れるのだが、
会場に居ると、先日は高校のバドミントン部の後輩なんて人が来てくれた。これまで連絡も何も全く取っていなかったし、失礼ながら存在さえ忘れていたのだけど。
知らない女の子が来て何かと思ったら、映画の専門学校の一年生の実習で短編映画を撮るのだけど、その中に白黒写真の展示会場というのがあって、それに作品を借りて使わせて欲しいとか。別にそれで金を稼ごうという訳じゃないらしいので「良いよ」と言ったけど、面白いことがあるもんだ。

さて今日はどんな面白い事があるやら、無いやら。


帰りに西荻で降りると噂の、飛び込み自殺をする前に心を静めて思いとどまらせようという青い蛍光灯、があった。あの下に行くと静かな気分になるのだろうか。

2009年10月18日

ブルーナの切手に気付いてくれたか

昨日は仕事で世話になっている赤羽の幼児教室から電話があった。
仕事の話も少々。嬉しかったのが、04年にブルーナの展覧会に行って買ってきて、何か郵便を出す(と言っても50円切手だからなかなか使い道は無いのだが)時に、気付いて喜んでくれる人にはこの切手を貼って出そうととっておいたブルーナの絵が描いてある切手が貼ってあるのに気付いて、喜んでくれたこと。


こないだ来た古関さんに、今回の写真展について思いつくままをだらだらと喋った録音が、アップロードされている。
ポッドキャスティングで、「スノーさんのフォトスクランブル(記念写真からアート作品まで、写真・カメラの事を何でも語っていこう!という番組)」という番組だそうなので、iTunesに登録してもらうと、更新される毎に自動的にダウンロードされる。

2009年10月25日

写真展終わり

先日仕事の撮影に出掛けた後はずっと居るつもりだったのだが、最終日23日の午前中も仕事の撮影が入り、居る事ができなかった。

会期終了後、
来週の火曜日は実家の近くで撮影の予定なので、仕事の機材(三脚と重いカメラバッグ)を西荻窪の実家に置き、もう一度会場に戻り、置いておいてもらった荷物(閑潰し用の新聞だとか)を紙袋に入れて我孫子へ帰った。
展示していた額は借り物なので返し、中身の印画紙とマット(印画紙を囲っている紙の枠)は外して梱包して宅配便で家に送ってくれる様に頼んだ。

何回やっても、この最後の片付けというのは寂しいものだ。

しかしこれで、会場の事を気にしながら仕事をしたり、仕事を終えて会場に駆けつけたり、それはそれで閑な会場の入り口に座って眠気をこらえたり(空調完備で薄暗く静かなので、本当にすぐうつらうつらしてしまうのだ。)しなくて済むと思うとほっとする。

そして案の定、帰宅後は体調を崩し気味になり、昨日の土曜日まで、ただダラダラしていた。

時間ができたので(会場の入り口で耳にイヤホン突っ込んでるわけにもいかないでしょう)、
スノーさんのフォトスクランブル」にて、自分の写真展について会場で語った声を聴いてみたけれども、結構高い声で、嫌なツンケンツンケンした声と口調なので少なからずショック、自分の声を聞くというのは嫌な物だ。
そして、この度のインタビュアーでもある古関さんに「結構話を容赦なくぶった切るね僕...」って言ったら「何を今更...」と言われた。

2009年12月03日

東京都写真美術館に行って我孫子に帰る。
昨日は良い天気だったけれども、今日は朝から冷たい雨が降る。

●木村伊兵衛とアンリ・カルティエ=ブレッソン 東洋と西洋のまなざし
●セバスチャン・サルガド アフリカ 生きとし生けるものの未来へ

木村伊兵衛とブレッソンは言うに及ばず、サルガドは、今世界最高のフォト・ジャーナリスト(戦争写真家では無い)と言えるだろう。
この陣容であれば、いかに写真の選び方や展示の仕方がどうあれ、外し様のない、見るべき価値のある写真展になってしまうだろう。

ブレッソンと木村伊兵衛の写真をたくさん並べて観たのは始めてだったけれど、こうして見ると似た様な写真だけれども二人の違いが見えてくる。
ブレッソンは如何にも西洋的なというか、画面の絶妙な位置に配されたポイント、それが交互に影響し合い、釣り合いの取れた破綻のない画面を作り出している。
対して木村伊兵衛は、絶妙な位置、絶妙な瞬間からわざと少しずらした様な、一つ間を置いた絶妙の世界を作り出している。被写体との交歓の頂点を外しているから、さもするとどうって事無い写真に見えてしまうのだけど、素晴らしいピークを撮るのなら、それは江戸っ子的に言えば「野暮」という事なのであろう。
ブレッソンの隙のない画面構成に対して、木村伊兵衛の捉える一瞬は、絵に少しの隙があって、そこから少しずつ被写体との間に漂う空気が抜けている様なおもしろさがある。

サルガドの写真展は、やはり凄かった。上の二人で言えば、ブレッソン的なそつのない圧倒的な画面構成で、アフリカの難民達の世界を見せつけてくれる。アフリカの難民キャンプを撮る人は多くいるだろうけれども、これだけ画面全体に充満する迫力で見る者に迫ってくる写真を撮れる人は、今彼しか居ないだろう。

2010年01月30日

帰郷?

昼前、我孫子へ帰る仕度をまとめて実家を出る、旅の間着ていた服は早く自宅で洗いたい。

東京都写真美術館に寄る。2月7日までの『日本の新進作家展vol.8「出発-6人のアーティストによる旅」』を観て置きたかったのだ。
それぞれの「旅」をした中では、尾仲浩二さんが良かった。
旅をした時、こういうどこでもある様な、けれどもどこからとなく土地の匂いがしてくる様な、そんな景色を見て歩いているんだよ、と思う。

2階展示室の目の前の喫茶店(格好良く言えば「オープンカフェ」?)で昼飯を食う。生ハムとチーズの挟まったパンと紅茶を。

一人で好きな所に行って、好きな店に入り、気ままに過ごすのは何と素晴らしい事か。

常磐線を柏で降りて駅前のビックカメラで酒を買いこむ。720mlの瓶を4本買ったから、旅の荷物と合わせて重いなと思っていたら、丁度柏から我孫子の家までの一日数本しか無いバスが来る時間だったので、それで楽に帰る。


写真は写真美術館から恵比須の駅までの帰り道。(SIGMA DP2 にて撮影)

2010年03月14日

筑波山の梅まつりへ

筑波山の梅まつり SIGMA DP2 で撮影

筑波山は梅が満開だそうで、梅まつりに行った。

ちゃんと顔が出た時にシャッターを押したつもりだったのだけど、このカメラ(SIGMA DP2)のシャッタータイムラグには毎度の事ながら悩まされている。
撮った絵はカラーネガフィルムの様な、往年のコダクロームの様な、濁った、透明感のない(訳では無いのだけど)、透明水彩で無くアクリル絵の具で描いた様な絵で、好きなのだが。
ピンは置いた位置で良かったのだけど、シャッターチャンスを逃し、失敗作の様な、でも「これはこれで不思議な雰囲気が出て良いか」という「妥協作」の様な一枚。

(前回偕楽園に行った時「『梅見に行った』という癖に満開の梅の写真じゃないじゃないか」と知り合いに言われ、今回は満開の梅の写真。)

2010年05月13日

ギャラリー巡り

Totem pole photo gallery

今日は良い天気だ、風も涼しいし。

コニカミノルタプラザへ。
一通り見て帰ろうと思ってエレベーター横の他の写真展の案内葉書を見ていたら、Totem pole photo gallery でやっているという写真が気になり、場所も四谷で近いので、移動。

福山えみ「月がついてくる5」
案内葉書に使われていた写真が気にいったのだけど、他の写真はどうという事の無い。
「何が違うんだろう」と思いながら眺めていると、面白く無い写真って対象にだけ目がいって、他の写り込んでくる物の事は余り考えて無い。
対象とその周りに写り込んだ物が互いに影響し合うその妙を味わうのが一つの写真の楽しみだと思う。

行きは急いで新宿から車で来たけれども、今度は地下鉄の曙橋まで歩く。

曙橋からなら京王に直行しているので、高校の後輩とお昼を食べようと待ち合わせている桜上水まで楽にいける。

ご飯を食べて、甲州街道沿いのBroiler Spaceへ。
金村修「OSAMU KANEMURA 1998-2001 Sunny Side of Suicide」
相変わらずのこの人調。「世界はこういう風な眺め方があるんだね」という(「そりゃ全ての写真作品はそういう物でしょ」と言われればその通りなのだが)雑然とした街のスナップを堅いプリントで。内容はパンクでロックで生の感情がそのままほとばしる荒々しい世界の様なのに、案外にも観に来ているのが女性ばかりだったのは意外。


Totem pole photo gallery 四谷の通りから少し入った住宅街にある、良い所だった。

2010年05月14日

美術館の図書室に籠もる

恵比寿ガーデンヒルズ

朝から東京都写真美術館に行って、目的は図書室なのだけど、ついでだから、地下でやっているジャンルー・シーフの展示を観る。
スタジオでのモデルの写真等、非常にプリントがきれい。一時代を築いたモードの人、という感じ。並べられるとそうでもないけれども、雑誌を開いてこういう写真が目に飛び込んできたら、「おぉ」となる(なった)かも。

観終わったのがちょうどお昼だったので、ガーデンプレイスの上に上って昼食。

写真美術館に戻って四階に行き、図書室に行く。ここは展示とは違って無料。
フリードランダーで検索して片っ端から写真集を見て、この人の世界に浸っていたら、四時になったので帰る。いつもの二階の喫茶室で休憩して帰ろうかと思ったら、今日は二階の展示が無いのでお休みだった。

日本語の写真集は、80年代に彼の仕事をまとめた一冊だけで、これがセルフポートレートやらスナップやらをまとめた仕様となっていて、日本語の解説文もあり、分かり易かった。

初期〜中期の作品は、鏡やガラスに写り混んだ景色や、画面上の要素(テレビの画面も)を組み合わせたスナップ。地上の様々な要素を取り込んで構成していく意気込みの様な物が感じられて面白い。

その後こないだ休刊になったばかりのデジタルフォト最終号を見た。「もう最後なんだからやるぜっ!」という写真作品ばかりの一冊丸ごとで、意気が感じられた(もう終わっちゃったんだけどね...)。

昼食に上ったガーデンヒルズの38階にて。

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