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美術展の感想 まとめ

2002年12月02日

レトロ調?

銀座「奥野ビル」

銀座に友人の展覧会を観に行った。ギャラリーの入ったビルはなかなかレトロな良い雰囲気。

2003年07月30日

「田中一光回顧展」

「田中一光回顧展」行ったら、隣の「ジブリ立体造形物展」に来た親子連れでごった返す都現代美術館。
「ジブリのアニメーション」と「立体造形物」が一体どういう関係があるのか分からんが...?

2003年12月05日

なんで僕が...

東京国立博物館「煌きのダイヤモンド展」

友人(女性)を誘い、上野の国立西洋美術館へ行き、「レンブラントとレンブラント派」展へ。
これは以前も行ったのだが、なかなか良かったので、(どうせタダだし)二回目の来訪。
その後、その友人に無理に誘われて、近所だからと云うので国立博物館の「煌きのダイヤモンド展」へ。
その友人が「スゴイ!大きい!」という。「小さいのをたくさん集めただけじゃん...」と云ったら、すぐそばに居たおばさんに笑われてしまった。

2004年03月27日

切手とブルーナ

切手を使おうと思って、先日卒業式もそこそこに行ってきた板橋区立美術館で28日まで開かれているディック・ブルーナの展覧会で買った切手を出してきた。

2004年05月06日

新緑と木漏れ日

東京芸大美術館」に「再考:近代日本の絵画...」という奴を観に行った。
展示内容も良かったし、美術館としての環境も良かったのだけど、休憩室でデジカメを動かしただけで「会場内での撮影は禁止されております。」って、休憩室でぐらい、良いだろ〜!

2004年07月25日

暑い...らしいからさ

暗室の "温度管理用の" エアコンが壊れた。久々に暗室作業しようと思ったら気が付いた。
近所に最近できた家電量販店へ行くと、早くても取り付けは一週間後だとか。良いですな。猛暑特需で。

知り合いの日芸の先生は三男氏(幼稚園児)を連れてプールだとか。

午後、友人Uに誘われ東京都現代美術館に、「日本の漫画映画の全貌」を観に行く。
「ルパン三世が乗っていた車の実物を展示することは『日本の漫画映画の全貌』を解き明かすことに如何なる意味があるのか?」なんて深い憂慮に沈む私をよそに、「撮って〜」。

全体的には客寄せパンダ的なこういう代物があって、写真撮影OKで、真面目な昭和初期の漫画映画の資料やらあって、まあ「財政難」に「苦しむ」(ゲージュツを扱ってる公共施設なんだから、儲かるわけがない。それを「財政難」と切り捨ててしまうアノ人もどうかと思うが...)公共美術館としては、これで良いのかなとも思う。

2004年08月28日

ハナズルズル

グッドデザイン賞候補の数百点の展覧会「GDP2004」を観に「東京ビッグサイト」なる所に行く。
昨日で仕事が一区切りついて、「今日はゴロゴロするぞ〜」なんて思っていたら、懇意にしているデザイン学科の先生から、「いつ来るの〜?」とメールが来て、今日が最終日であった事に気付く。

未来のデザイナーを育てる学校として出展していた大学は日芸(日藝)の他に、筑波多摩美武蔵美東海大。それぞれ各大学の特徴を表していて面白い。
筑波はお金はなくともシンプルに知性を表している。(「やる気あんのかいな〜」という気がしないでもないが)
東海大は派手な展示だが中身無し。ソーラーカーなんかドーンと置いてある(他の所は場所・金がないのか模型がせいぜい)。インパクトは文句無くあるんだけどね〜。
しかし日芸、私立の中で一番金かかって無かったぞ〜?(意欲は認めるが)

最近急に涼しく(というよりむしろ寒く)なってきた(関東地方)せいか、気が抜けたせいか、鼻水が止まらん&だるい。

夏休み最後の週末、しかも天気ぐずつく、というわけでお台場の道路は混雑(主に悪いのはフジテレビ)。



2004年08月30日

旧朝香宮邸美術館

東京都庭園美術館内の階段

浅草演芸ホールに出かけたが、混んでいたので落語は諦めて新宿のコニカミノルタプラザに写真を観に行く。浅草〜新宿は、都営地下鉄を使ってタダで済ます。

存外にも、プレミオ(新人賞)の二作品よりも、『ワンダーアイズ写真展「Viva! ブラジル〜アマゾンからスラムまで、子どもたちが写した世界〜」』という奴が面白い。世界の様々な国の子供たちに使い捨てカメラを渡して、自由に撮ってもらおうという企画。他の二作品が「高い光学性能を持った機材による、突き詰めた一瞬」であったから尚の事、そのカメラ(と云っても「撮りっきりコニカ」だが)を持つ子供たちの気負い無い視線に、好感を持った。小難しい話は嫌いだけれども、写真の歴史的に云えば、「ラルティーグ」の少年時代を思わせる筆致。

目黒の「東京都庭園美術館」に、以前から観たいと思っていた「幻のロシア絵本 1920−1930年代展」を観に行く。
旧朝香宮邸内部を美術館として公開したこの建物は、居間や寝室(無論片付けられてはいるが)がそのまま使われていて、建築としても一見の価値あり。開け放った浴室をのぞき込むと絵が展示してあって驚かされる。

2004年10月15日

福祉イベント大盛況!(華氏911)

お台場の国際展示場にて行われた、「第31回国際福祉機器展」というやつに行ってきた。会場は閑散としたものかと思いきや、押すな押すなの大盛況。障害者や「仕方なく来た」という風情の福祉施設の関係者だけでなく、他の一般の人や、制服姿の女子高生まで居たのにはびっくり。いつの間に「福祉」はこんなにトレンディになったんだ?

諏訪田製作所なる所のぐにゃぐにゃと曲がった鉄パイプが杖になったような、「ALSTICK」なる不思議な逸品を発見。気に入って色々と文句を付ける(じゃなかった。「要望する」だった。)。

映画「華氏911」を観に行く。ブッシュ(米)大統領に批判的な内容ばかり切り貼りして作った映画は、悪人(ブッシュ大統領とその周辺)が決まっていてそれなりに「爽快」で、観る側は何も考えなくて良くて、映画から垂れ流される一方的な情報を口を開けて観ているだけで良くて、「お腹イッパイ」にはなるのかもしれないが、あれは(前作の「ボウリング・フォー・コロンバイン」を含み)ドキュメンタリーとは云えないと思う。

映画の最後で彼(監督のマイケル・ムーア)は「(ブッシュ大統領に向けて)もう騙されないぞ」みたいなことを云っていたが、私はそれを彼に向けて云いたい。独裁者というものは、民衆の味方のような顔をして近づいてきたのだから。

お台場からの帰りのバスの車中より。

2004年10月20日

既知のマティス

上野の国立西洋美術館に「マティス展」を観に行った。「本物のマチスを観るなんて始めてだな〜」なんて思っていたら、こういう大規模なマティスの展覧会は日本では二十三年ぶりだとか。

マティスといえば「色彩の画家」というイメージだが、その通り。印刷物にすると浮ついた色になってしまうが、なんとも深い色同士の微妙な組み合わせによる作品で、「なんでこんな色使いができるんだろ...」としばし唖然。
けど「なんでこんな混んでるんだろ...」という位混んでいた。平日の昼間であるに関わらず。大抵会期が終わりに近づくと混んでくるから、早く観た方が良いかも。

「本物」の凄さを見せつけられた展覧会でした。また行こう〜

2004年10月27日

休憩室も美術館のうちよ

竹橋の国立近代美術館の休憩室

竹橋の国立近代美術館に、「木村伊兵衛展」を観に行く。一応云っておくと、「木村伊兵衛」とは日本の報道写真の巨匠です。日芸の入試の時、「好きな写真家は?」との問いに「木村伊兵衛」と答えたマセガキとしては、観に行かねばなるまい。
好きな写真家なので色々な所で観るのだが、有名な作品が並ぶと、どうしても似通ってしまう。
しかもおかしな構成で、同時にやっている「近代日本の美術」に混ざってある感じ。木村伊兵衛のオマケに岸田劉生やら藤田嗣治を観るのは精神衛生上大変宜しくない。これから(木村伊兵衛を)観に行く人は、第二部(二部構成)の方を先に観る事をオススメする。こちらは一応一つのフロアで終わるから。

新宿のコニカミノルタプラザにて、『フォト・プレミオ 笹谷美佳写真展「歩く」』(11月1日まで)を観る。
「歩く人」を「横から」「小さく」「正方形の画面で」写した写真群だが、コレクション写真(一つのスタイルに従った写真を並べる事を僕はそう云う)って難しいね〜。個人的には好きな類の写真なのだが(他のギャラリーでやっていた物より良かった)、もうちょっと広がりがあって良かったように思う。制限の中でもうちょっとのびのびしても良かった。

国立近代美術館の休憩室。「こちらに眺めの良い休憩室があります」とわざわざ書いてあったから好奇心で見に行ったら、なるほど皇居を望む「良い眺め」。美術館ったって美術ばっかりそう観ていられるわけじゃないから、こういう休憩室は良いと思う。

こういう所で女のコを口説くというのは安上がりで良いかも知れないぞ?夜景きれいそうだし。5時閉館だけど。

2004年10月29日

介助者(「お友達」とも云う)は駄目なんだって

東京都現代美術館「ピカソ展−躰[からだ]とエロス−」を観に行った。

「ピカソ」である。泣く子も黙る「ピカソ」である。御大「ピカちゃん」である(かどうかは知らない)。
おなじみの「キュービズム」とか云う対象を多方面から観るように分解した絵。それが「この森の中に動物は何匹いるでしょう?」の絵みたいになっていて、とある部分が他の部分を兼ねていて奇妙に入り組んでいる(でもってあんな訳の分からん絵になるんだと思う。以上僕の解釈です。)ので、読み解こうとすると一つの絵の前に何十分も居なければならない。
「絵なんて所詮は場の空気よ」論の僕は、取り敢えず線の妙味とか印象とか、そういうのでボーっと見て回る事に決定。
それなりに楽しめたけど、こういう絵の見方にはあわないわな、この人。1,300円分観ようと、食い入るように(解説文を?)見つめている人達を尻目に、スタコラと退散。

チケット売り場周辺、至る所に「ピカソ展の障害者付き添いの方は有料となります。」の張り紙。こういうのもあるのね。一種・二種(障害者の等級?とは別に付けられた「付き添いがないとこの人行動できない」「できる」のお墨付き)とは関係なく、公立の施設は入場料が付き添いもタダになるのが普通だけど(なぜか二人まで。二人で支えなければ行動できない障害者が居るという事なのだろうか?)。

2004年11月02日

天中殺?

芸術新潮のマティスの特集で予習をして、「マティス展」を再び観に行く。

iBookを持って行って、北柏の行きつけの喫茶店「Calla(カラー)」にてベタの選択(スキャナーで読み込んだ画像から焼く物を選ぶ)しようと思ったら、トイレに携帯電話を落としてしまった!以前壊してからまだ何日も経っていないのに...

何かこれ以上の災いが舞い込んでくると大変なので、「急がず、焦らず。」けれども心は焦りつつ我孫子駅からauショップへ向かう途中、先日のガラス屋さんに会う。
すみません、「ガラス戸の調子どう?」とかいう問題じゃないんです。
「また来たの?」という顔をされつつ(している様に思えた)、取り敢えず修理に出して、代替機を借りて、帰宅。また出費か...

気軽に「天中殺(てんちゅうさつ)」なんて言葉を使ってみたら、こんな深い物らしい(「算命学の世界へようこそ」より)。

朝起きたら、家の前が「霧」。手賀沼を中心とした盆地なので、霧が溜まりやすい。

2004年11月23日

入るのがバカ?

昨夜のNHKで、地震で家を無くしたジーサンバーサンを登場させて、「もう立て直すお金も無いし...」と云わせて「やはり公的な保証が必要なのでは無いのでしょうか?」なんて事云っていたけど、毎月高い金払って「地震保険」っていうヤツに入っていた人はバカ?
数百万円のお金を否定する気は無いけど、個人の財産を国が保証するの?
それとも見せしめ?

千葉市美術館に、「伝説の浮世絵開祖『岩佐又兵衛』」展を観に行った(今日まで)。千葉の銀杏(いちょう)と、モノレールの柱。

2005年02月25日

最後の卒展

築地に掛け取り納品に行きがてら、竹橋の国立近代美術館にて「河野鷹思のグラフィック・デザイン--都会とユーモア」(2月27日まで)を観る。美術館だから大きな部屋での展示かと思いきや、中の一室のみでの展示だった。
またも、常設展示の『所蔵品ギャラリー「近代日本の美術」』をちゃんと観たいなあと思う。後ろ髪を引かれつつ、撤退。

銀座の富士フォトサロンにて。
日本大学芸術学部写真学科平成16年度卒展』(3月1日まで)
「先輩風を吹かしてやるか」と意気込んで行ったのに、知ってる人居ない。
『日本写真学園卒業展』(3月1日まで)
学校が無くなってしまうので、今年で最後の卒展だそうな。「日芸最後の卒展」なんてイヤだな。無いよね、そんなの。
しかし相変わらずうるさいギャラリーだな。上を高速道路が走っているので、ガタゴト、ドシン、ドシン。

2005年03月31日

社会より個人へ

国立近代美術館にて、「ゴッホ展 孤高の画家の原風景」を観た。(5月22日まで)客観的な「色」より、狂気にかられた主観的な、雰囲気としての「色」が、なんとも。

ゴッホの同時代の、いわば「おまけ」として展示された人々が豪華で、始めて実物を目にしたゴーギャンの絵に目が行った。

韓国映画「大統領の理髪師」を見た。
「大統領の理髪師となった市井の床屋の主人が翻弄される内部の政争と国家。」のような内容に期待して(予告編は明らかにそちらの方向に誘い込もうとしていた)観に行ったのだが、本編では社会よりも個人へと向かう主人公(市井の床屋)に視点が移っていって、どうも...

「個々人の幸福」を追求する事を非難するつもりは毛頭無いけれど、「映画」としての視点は(他の表現芸術と云われる物も併せ)、やはり時代の流れとして(韓国という国でさえも)、ご多分に漏れずそういう方向に向かってしまうのか、と思いつつ。



2005年04月06日

そう、静謐。

上野の国立西洋美術館にて「ラ・トゥール展」を観た。(5月29日まで)
「ジョルジュ・ド・ラ・トゥール」なんて画家、知らなかったのだが、それも当然。
十七世紀フランスの画家で、画家として時の権力者に気に入られたものの、現存する絵は四十点程しかないという、いわば幻の画家(一番所蔵しているパリのルーブル美術館でさえも六点とか...)。
画家の存在を知らなかった上に、上記解説も観てから聞いたことなので興味無かったのだけど、新聞か何かで絵と絵についての話を読んで、興味を持った。
全く「生き生きとしていない」人形の様な人々の冷たい、ひんやりとした肌が、ほの暗い明かりの中に浮き上がる。「こういうのを何て云うんだっけ?」と思っていたら、場内の解説に書いてあった。そう「静謐(せいひつ)」。



2005年05月24日

時代の香り

壊されつつある日芸(日本大学芸術学部)の校舎

日芸(江古田)で「エリオット・アーウィット(Elliott erwitt) オリジナルプリント展」なるものをやっているというので観に行く。(6月17日まで)
あんまりこの人の写真って好きでは無いんだよなぁ。ユーモア云々と云いつつ野暮であからさまで... けどプリントを観に、行く。

久々に学食で冷やしたぬきうどんを食べる。もう無かったから作ってもらう。

上野の都美術館で、「アール・デコ展 -きらめくモダンの夢-」を観る。「アール・デコ」なんても、日本の大正期の「モボ・モガ」からローランサンからライト松岡正剛氏による「ライト自伝」の書評 ISIS立紙篇)から杉浦非水三越ミュージアムによる解説)まで、範囲が広くて最初は捉えどころが無かったけど、どうやら観終わるまでには「アール・デコ」の何たるかがおぼろげながら見えてきた、と思う。
けど総じてハデハデで(これは好みとしてハデハデなのであって下品なハデハデでは無い。一応。)、三十分程でサーッと観覧。
こういう見方をしていると、目に止まる物があって、それが添え書きを見てみるとライトの作品だった。

僕は小学校に上がる前、自由学園幼児生活団にいて、ライトのデザインに浸っていて、ひかれるらしい。

訳分からんながらも、ガキの内に良い物にふれておくというのは大切だと思う。
「暗いー」だの「つまんないー」だのぐずる小さい子をなだめながら美術館に来ているお母さんなど頬笑ましい。

日芸の学食から外を見る。解体中。

2005年05月31日

鮮血の「赤」

休憩室から見た東京都庭園美術館の庭

東京都庭園美術館に、「ベルギーが生んだ異端の画家 ジェームズ・アンソール(James Ensor)展」を観に行く。(6月12日まで)
前も書いたけど、旧朝香宮邸を美術館とした雰囲気あるアール・デコ調の建築。

骸骨や死神を好んで描いたアンソールは、上記リンク先の「仮面と死神」がもっとも有名だが、例えばその絵も、実物は色の一つ一つが毒々しくて凄みがある。左下の人物の着ている服の赤は、鮮血の様。

休憩室(二階)より、庭を望む。

2005年07月01日

悪夢の続き

内容は覚えていないのだがとても悪い夢で、自分が危機的状況に陥っていたのだがそこで目覚ましが鳴って目が覚めてしまった。続きが見たくてまた寝ようと思ったが、駄目だった。

最近、絵や写真を観ていない訳では無いのだが、感想を文章にするのが面倒で、特には書かない事にしていた。

と、前置きをしつつ東京ステーションギャラリーに『異形の幻想力 小山田二郎展』を観に行った。(7月3日まで)
小山田二郎は、1914年に生まれ、1971年から1991年に亡くなるまで、家族を捨てて失踪。画廊に作品を送る、という連絡方法のみをとり、社会と隔絶された生き方をした画家。
良い。特に水彩画が。油絵も水彩画もあったのだが、とかく油絵の付属品として、大抵日陰の存在としか扱われない水彩画だが、にじんだ絵の具のせめぎあいが、複雑な色や偶然の模様を作り出していて、とても深い世界を作り出している。
アンソールの時も思ったのだけど、図録の見本をつらつら眺めるに、どうしてああいう複雑な色が、こんな軽薄な、絵の具入れを覗きこんだような色になってしまうんだろう。

昨日、お友達の古関さんのブログに「良い!おすすめ!」と書いてあったので、最終日は三時に閉まる前に、新宿のコニカミノルタプラザに行った。
フォト・プレミオ 田原理江写真展「ほしのすな」』良かったです。

煉瓦の駅舎の中の館内。「『展示室内では』写真撮影はおやめください」とだけ、書いてある。休憩室でデジカメいじっただけで係員が飛んでくるどっかの美術館とは大違い。

2005年07月20日

せかせかするのも何なので

水天宮(中央区日本橋)

銀座にて、映画「ヴェラ・ドレイク」を観ようと朝一の回に行ったら、三十分ほど前だというのに長蛇の列。満席が近くて、座れたとしてもかなり前の方だとか。私は字幕を読まなくても良いほど英語が堪能では無いので、映画は諦めて、日本橋の「ミュゼ浜口陽三・ヤマサコレクション」に、昨年末亡くなった奥さんの「南桂子追悼展」を観に行く。子どもの頃、色鉛筆でこういう絵を書いたことがあるような気がする。

そのまま梅雨明けの空の下、ぶらぶら歩くと、水天宮(中央区日本橋)がある。素通りも何なので、入る。
どうもここは、赤ちゃんを連れてくる神社らしく、境内は赤ちゃんを抱えたお母さんとその家族ばかり。ベビーカー置き場はあるし、奉納の酒樽はマタニティ専門店だし。
かなり場違いな雰囲気に、早々に退散して、交差点の「三原堂」という大きな和菓子屋でおみやげを買って(支払いはあちら)、いつもの北柏の喫茶店へ。

2005年08月26日

デザインとは何ぞや?

今年もGDP(グッドデザイン賞の展示会)に行ってきた。

何かと思ったら、仏壇。
「見た目としての」デザインでは無く、「生活スタイルの提案」こそが「(工業)デザイン」だと思うのだ。

著名なデザイナー達が、既にある物をデザインし直すような提案(日産のカーデザイナーがクリスマスケーキ、等。)が面白かった。



2005年08月30日

上野へ

知り合いに付き合って、興味もないのに「古代エジプト展」を観に行った。大体エジプトの人がどういう生活をしていたからといって、「それが何?」って感じである。
そんな事を、一緒に行った友人に云ったら一言、「夢の無いヤツ」と云われてしまった。

昼食は西郷さんの下の聚楽(じゅらく)。和洋中なんでもアリの(お上りさん御用達の)昔ながらの食堂。

2005年09月12日

武蔵野市立吉祥寺美術館

吉祥寺の伊勢丹の新館7階に、ひっそりと武蔵野市立吉祥寺美術館というものがある。というか数年前にできたらしい。
今、「亀倉雄策ポスター展」(9.25まで)というのをやっていて、常設展として「浜口陽三記念室」というのもあり、この銅版画家の作品が(水天宮にあるその人だけの美術館に行ってしまうほど)好きな私としては(八月三日からやっていたのだが)、いつか見てみたいと思っていたのだ。(「萩原英雄記念室」というのもあったけど、知らん。)一般の入場料百円というのもあり。

中はこじんまりとした感じで、それでいて物足りない感じも無く、日頃公立の巨大美術館に「こんなの一日で観られるわけねーだろ!」という思いを大いに抱いている私としては、この夏の吉祥寺の喧噪から隔絶された空間は、とても心地よく、「やっぱ(中央線沿線は)土地が高いだけの事はあるよな〜」と思いつつ、「駅前の百貨店の上に公営美術館があるなんて、柏とは文化程度が違うよな〜」と思うのでした。

2005年10月08日

「アーバン・ライフ」展示会

某I社のSさんから券をもらっていたので、有楽町の東京国際フォーラムに「TOKYO URBAN LIFE 2005」(8日まで)を観に行った。

「新しい暮らしの形」を提案するこの展示会、色々な会社が、都会暮らしの提案をしていて、新生活を東京で始める女の子なんかが憧れるであろう「アーバン・ライフ」でございます。(私なぞどうせ「アビコ・サバーバン・ライフ」ですがね...)

東京電力のブースを始めとして大きな物もありますが、小さな漆器の会社やら篆刻やらあって、見ているだけでも楽しい空間でした。


写真日記の体裁を変えました。MovableType(ムーバブルタイプ)を使った、いわゆる「ブログ」の形式です。
RSSのアドレスが変わりましたので、そちらの設定も(されている方は)変更をよろしくお願いします。

2005年10月13日

体験芸術

久々に、本当に久々に、自分の撮影に行った。仕事が盛況で... といいつつ実は夏場は温度管理が面倒くさかっただけというのもあるのだが、取りあえず、久々に行った。

上野から銀座に廻って歩いていたら、自民党の安倍さんが募金をしていて、その周りを新聞社やテレビ局のカメラが取り囲んでいた。ああいうカメラマンってのは本当に大変だなあ。

その後、有楽町のビックカメラで、先日購入したFlashというパソコンのソフトの解説本を数冊、買う。

その後、深川の東京都現代美術館で「イサム・ノグチ展」を観る。
作品の遊具で遊ぶ子どもとオトナ。遊具の周りの床は柔らかくなっていて転んでも大丈夫。今流行りの「体験芸術」なんて、実はこんなもんなんじゃないの?と思いつつ。

「イサムの作品(さくひん)には不思議(ふしぎ)なかたちをしたものがたくさんあります。作品(さくひん)に近(ちか)づいたり、後(うし)ろにさがってみたり、まわりをぐるっと一周(いっしゅう)したりして、その場所(ばしょ)によってちがったかたちや表情(ひょうじょう)を見(み)せるイサムの作品(さくひん)をゆっくり楽(たの)しんでください。」(「イサム・ノグチ展 こどものためのガイドブック」より)

2005年11月16日

最悪上野行

風邪も治った(と自分では思いこんでいた)ので、上野の都美術館に、「プーシキン美術館展」を観に行った。先週行ったら(平日の午前中にも関わらず)混んでいて、ろくに観ることができなかったので。
三時頃行ったら、平日にも関わらずこの間にも増して凄い人。入るのに30分待ちだとか。
確かに内容は濃い。どっかで見たような絵がごろごろあったけど、何か少し前に流行った、どっかで聴いたCMなんかの曲を集めたコンピレーションCDみたいな...(僕も買ったけど)

仕方が無いので横の国立博物館でやっていた「北斎展」へ。こっちも混んでいたけど、「プーシキン...」程では無し。
ところがここでお腹の急降下!三度もトイレに駆け込んで、北斎を観に来たんだかトイレの壁を見に来たんだか...

やっぱり家でじっとしてれば良かった。少し良くなるとすぐホイホイ遊び出すから。

北斎、凄かったです。快活な線と鮮やかな色と。負け惜しみ云う訳じゃ無いけど(泣)。

というわけでいつもの北柏の喫茶店「Calla(カラー)」で暖かいお茶をすすっております。夕飯もここですませて寝る...

2006年01月29日

須田国太郎展

一昨日の金曜日、数日ぶりに都内に出たので、I社への納品がてら、竹橋の国立近代美術館に行き、「須田国太郎展」を観た。(3月5日まで)

絵は大体黒い部分が多くて、本物以上に(おそらく)コントラストが高い状態なのだが、その陰翳が、様々な色を煮詰めた様な黒で物凄い。

会場には諸処の休憩する椅子に(何度も云ってる気がするけど、こういう部屋の真ん中にしつらえられた椅子に座って絵を眺めるというのは至福である。)、この展覧会の図版が置いてあって、その中の印刷物と本物を比べられるのは面白い。
印刷物は、絶対的な黒と白の指標が無い(どこが一番の黒だか白だか分からない)から、絵の中で一番黒い部分、白い部分を、それぞれのどん詰まりとしている様で、その「どん詰まり」近辺(殆ど真っ黒に近い様々な色)を観る事はできない。
また白の部分も同様で、実際にはもっと柔らかいフワフワした絵(こういう絵もあった)は、内容を失っているようだった。

2006年01月31日

リズム

東京都写真美術館にて「植田正治:写真の作法」(2月5日まで)を観た。

早稲田の穴八幡宮に「一陽来復(いちようらいふく)」の御札を買いに行くついでに、昨日知って行った。

植田正治は昔好きで写真集も二冊ほど持っていたのだが、お決まりの砂丘の演出がイヤになって、最近は特に興味も無くなっていた。

今回も砂丘や戦前の写真が半分を占めていたが、それほど演出っぽく無く、普通の風景の中に氏のリズムを発見して、人物を配したような写真(今回の展示で云うと右奥の1/4ぐらい)が面白かった。場を離れ難く、何度も観てしまったから会場の人や受付の人には変に思われたかもしれない。

2006年02月15日

弥生美術館

併設された喫茶店「港や」の二階

昨日東大の裏の「弥生美術館(やよいびじゅつかん)」(東京都文京区)に行った。「挿絵画壇の鬼才 岩田専太郎展」(3月28日まで)を観るために。

新聞で見て始めて行ったのだが、「竹久夢二美術館」なる物も併設されていて、さぞかし大きい美術館かと思いきや、小さな三階建ての洋館で、内部で繋がってもいる左右の棟が、二つの美術館。

岩田専太郎は、挿絵画家として新聞の連載小説などで第一線を走り続け、1974年、73歳で死去した人物。

紙面の一部の小さな空間で、殆ど濃淡は無く、墨か紙かの世界で周囲の文字に埋もれる事無く、目を引きつける力を持った、切り詰めに切り詰めた小さな絵の世界。

併設された喫茶店「港や」の二階。



2006年03月13日

駒沢の画廊にて

というわけで、豊洲で一仕事終えた後、知り合いの荒井経さんの個展(日本画)を観に、駒沢(世田谷区)の「潺画廊(せんがろう)」に土曜日行った。(すぐに書くつもりだったのだけど月曜日になってしまった)

潺画廊(せんがろう)

この画廊は、世田谷の住宅街にあるちょっとした邸宅といった趣で、平屋の日本家屋の部屋を巡ると、そこに絵があるというような空間。

来客中だったようなので、別の部屋でボーっとする。

潺画廊(せんがろう)

人には色々な幸せがあると思うけど、絵の前でそれを独り占めにしてボーっとするなんて、何とも気持ち良いもんだ。

2006年08月23日

美術館と煙を見た

前も行ったのだが人が多かったので、再び上野の国立博物館に『プライスコレクション「若冲と江戸絵画」展』を観に行ってきた。半世紀ぐらい前に、日本人には見過ごされていた江戸時代の絵を多く集めたアメリカ人「ジョー・プライス」さんのコレクションなのだけど、伊藤若冲(いとうじゃくちゅう)の作品を集めた展示室に人が集まっていて、他は結構閑散としている。明らかにこの展覧会の趣旨?を忘れているな。

竹橋の国立近代美術館で「モダン・パラダイス展」なる展示をやっているのを見て、行こうと思い出てみたら、黒い煙がモクモク... 大きくて近そうだったので何かあそこら辺の建物でも燃えたのかな?と思ったが、家に帰ってニュースサイトを見回してみても何も出ておらず。

「モダン・パラダイス展」は、その名の通り近代美術の作品を一堂に会した展覧会で、パラダイスという位だから要はごちゃ混ぜなのだが、モネやゴーギャンの西洋絵画あり、藤田嗣治の戦争画あり、現代絵画あり、日本の写真作品あり、それらを時代というくくりで無理矢理にでもまとめてしまったのは、面白かった。

途中、見張りで座ってる女性が年配の客に「写真作品の前に書いてある『ゼラチンシルバープリント』って何?」と訊かれて答えに窮していたけれども、要はフィルムを使ったフツーの白黒写真って事です。今はデジタルだとかインクジェットだとか色々あるからね。以前ヨドバシカメラの写真用品売り場でもそんな事を訊いている客が居て店員は答えに窮していたけれど、
これまではアナログ写真が「普通」であったのだけど、今やそれにもっともらしい名前を付けなければいけない時代になったのです。残念ながら。

2007年01月07日

手袋はLだった

年末から行こう行こうと思いつつ、気が付いたら明日までだったので、川崎市民ミュージアムに「横山光輝の世界展」を観に行った。

「鉄人28号」や「魔法使いサリー」「伊賀の影丸」「バビル2世」「三国志」などたくさんの作品を残し2004年に亡くなった漫画家、横山光輝(みつてる)(ファンサイト)。その初めての回顧展。様々な時代の作品をかいつまんで見る事ができて面白い。数十年も活躍している(していた)一人の漫画家の作品をデビュー当初から見ていくというのは、こういう機会でも無ければまず無理。

少年時代「三国志」等横山作品にはまった私としては、懐かしい世界。生原稿を見て、改めてその流麗な線に感心。

帰りの東急東横線、繋ぎ服でヘルメットをかぶった人が乗っていたから何かと思ったら、次の駅での停車中、脚立を出して組み立てて、チカチカしている蛍光灯を持っていた蛍光灯と取り替えてしまった。皆が唖然としている間に脚立を畳んでその人は去っていった。

終点渋谷に着いて降りたら、電車の先頭を運転手さんみたいな格好をした人がハンディカムみたいなビデオで写していた。東急は謎が多い。

原宿にて、デジカメwatchの記事で見て、この時期の撮影には欲しいと思っていたアクシーズクインの親指と人差し指と中指だけ出る手袋を買いに原宿へ。訊いてみたら結構この製品は方々の大きなスポーツ用品店にあるらしいが、在庫やら潤沢にあるのはアクシーズクインに問い合わせて教えてもらった原宿通りにあるこの店「ノルブリンカ」らしい。実際にはめてみたら、あったのはLサイズ。服はMサイズなのに、手袋はLサイズらしい。(XLサイズでは少し大きくて、Lサイズだと少し小さかった。結局Lサイズに。)

美術館の前に停まっていたバス。

2007年06月12日

庭園美術館

東京都庭園美術館の庭のバラ

昨日は友人を誘い、目黒の東京都庭園美術館で「モダン日本の里帰り 大正シック ホノルル美術館所蔵品より」(7月1日まで)を観た。

流麗な線と、落ち着いた破綻の無い綺麗な構図が心地良い。建物も心地良いのは言うまでもない事。ここに来ると、いつも、物を観る時の空間という事を考えさせられる。

雨の上がった庭に出ると、ばらが満開だった。

2008年02月28日

早い宅配便

築地のそば屋「さらしなの里」の穴子天もり

今日は某I社の関西の工場から、物件の写真と色を合わせる為のタイルが届く日だったのだが、
打ち合わせにも、日芸の卒展にも出かけるから家には居られないな。
なんて思って、目覚めの朝風呂に入り出てきたら玄関のチャイムが鳴った。
なんだろうと思って玄関横の流しの上の窓から首を出すと、クロネコヤマトのトラックが止まっていて、「宅急便で~す」。
配達の人は男性だったし待たせるのも悪いので、パンツ一丁のままドアを開けて荷物を受け取る。
「やけに早い宅配便だな」と思い時計を見ると、九時十分前。

数日前、柏のビックカメラで買ったDENONの五万円のスピーカー(こっそり自慢)を配達してもらった時も(別の会社だったけど)九時数分過ぎだったし、どうもわが家の地区は、
「どうせ家族ばかりでみんな朝から起きてるし、先に済ませてから他を配ろう。」
という地域になっているらしい。

ミッドタウンの富士フィルムフォトサロン日芸の卒展を観て、ついでにサントリー美術館でやっているロートレック展を観る。
凄い人で、絵が見えない。ザワザワとした喧噪の雰囲気を絵の中に描き込める人だなあと。
三月半ばまでやって、次はローランサンだそうで、こりゃまた混みそうだなあ。と思ったらこれは大阪の天保山だった。

-以下メモ-
MacOS10.4のSpotlightは、書類の文章の中身まで検索してくれる便利な機能だが、「プライバシー」という設定で、検索されたくないフォルダは検索対象から外してくれる。
しかし検索対象にしたくないフォルダ或いはそのフォルダが入ったフォルダの名前が半角英数字以外で始まる場合、「プライバシー」の設定は意味を為さず、検索されてしまう。これはMacOS10.4.11でも修正されていない。
検索結果に秘密のフォルダの中身が出てきてびっくりした。

お昼は打ち合わせ先近所の築地のそば屋「さらしなの里」の穴子天もり。

2008年12月05日

プリントの魅力について考える

前に一度行っていたのだが、もう一度観たくて、上野の国立西洋美術館に「ヴィルヘルム・ハンマースホイ 静かなる詩情」を観に行った。

どんよりとした寒そうな北欧の曇り空(行ったこと無いけど)の、静寂の景色。


山手線で田町に行って、PGI (Photo Gallery International)へ。
川田喜久治写真展「遠い場所の記憶:メモワール1951-1966」
を観る。戦後の風景が淡々と。
古関さんのブログで「インクジェットプリントって凄い!」てな事が書かれていたのだけど、普通の銀塩プリントみたいで「どこがインクジェットなの~?」とメールしたら、「全部そうらしいよー」と。
確かに、プリントの他の面はきれいなのに、(トーンが)暗部にさしかかると、途端に針が振り切れたみたいにドーンと真っ黒になっちゃう。
「こういう物なんですか」とギャラリーの人に言ったら、同じ紙で焼いたトーンの豊富な絵を見せてくれたけれども、トーンカーブがリニアの様なヌメッとした印象で、暗部はそこそこ出てはいるんだけど、ガサガサしたような感じ。

生のプリントの魅力って、印刷物と違って暗部が真っ黒の様で、よくのぞき込むと実はそこに何かが立ち現れてくる様な、沼の底を見つめる様な物があると思うのだけど、これではちょっと。
インクジェットプリントの割には凄いって事なのかな?

川田喜久治さんの写真も、暗部が潰れている様で居てのぞき込むと実は薄くあって... というのだともっと作品に深みが出たと思うのだが。
所詮印刷物の延長の様な。

芳名帳を見てみたら、結構日芸写真学科の人達が来ていた(誇らしげに学校名を書くなよ)のだけど、これが良いプリントの基準の様に思われちゃうといけないよな、と思いつつ。


PGIに行く途中の芝浦の運河。


2008年12月18日

美術展の感想など

最近美術館や映画館に行っても、面倒くさいので余り感想を書いていなかったのだけど、そうすると自分がどこで何を見てどういう感想を抱いたかが分かっておもしろい。数年前はボロクソに言っていたのに、今見るとあれは凄いよ、とか。だからなるべく感想を書くようにする。

朝起きて、洗濯をする。
雨降りの後の気持ちの良い快晴。横から見ると洗濯物から湯気が出ている。

上野の森美術館に行き「没後40年 レオナール・フジタ展」を観る。
確かな、そして学術的なデッサン力によって圧倒的な量感で迫ってくる群像。

浦和のうらわ美術館に行き「氾濫するイメージ―反芸術以後の印刷メディアと美術1960's-70's」を観る。
印刷物にぶちまけられた、「一人で誰に認められずともコツコツ」というのとは違う、時代を巻き込んだ世界。

浦和駅からうらわ美術館までの道は、学生時分にバイトしていたNHK浦和放送局までの道と一緒で、バイトを辞めて以来来ていなかったので、とても懐かしかった。

2009年01月16日

枯れてない展覧会に

北浦和の埼玉県立近代美術館で「都市を創る建築への挑戦」を観た。
名の知れたの建築家による建築を賛美するのではなく、大手設計会社或いは大手ゼネコンの社内設計部によって設計された、ちょっとこだわった未来っぽい大規模物件を紹介する展覧会。

もう死んだ画家の絵や建築家の展覧会と違って、お仕事モード全開の展覧会で、各企業毎のブースに、それぞれのの会社の「作品」の写真が、「○○と××を両立した」だとか「~により断熱を...」なんて誇らしげな文章が添えられて展示されている。そして写真の前には、実際工事で使われたダンパーだとかが置いてあって、ビッグサイトの企業向けショーみたいで、枯れた文化的な場内の展覧会とは違う面白い展覧会だった。

2009年12月03日

東京都写真美術館に行って我孫子に帰る。
昨日は良い天気だったけれども、今日は朝から冷たい雨が降る。

●木村伊兵衛とアンリ・カルティエ=ブレッソン 東洋と西洋のまなざし
●セバスチャン・サルガド アフリカ 生きとし生けるものの未来へ

木村伊兵衛とブレッソンは言うに及ばず、サルガドは、今世界最高のフォト・ジャーナリスト(戦争写真家では無い)と言えるだろう。
この陣容であれば、いかに写真の選び方や展示の仕方がどうあれ、外し様のない、見るべき価値のある写真展になってしまうだろう。

ブレッソンと木村伊兵衛の写真をたくさん並べて観たのは始めてだったけれど、こうして見ると似た様な写真だけれども二人の違いが見えてくる。
ブレッソンは如何にも西洋的なというか、画面の絶妙な位置に配されたポイント、それが交互に影響し合い、釣り合いの取れた破綻のない画面を作り出している。
対して木村伊兵衛は、絶妙な位置、絶妙な瞬間からわざと少しずらした様な、一つ間を置いた絶妙の世界を作り出している。被写体との交歓の頂点を外しているから、さもするとどうって事無い写真に見えてしまうのだけど、素晴らしいピークを撮るのなら、それは江戸っ子的に言えば「野暮」という事なのであろう。
ブレッソンの隙のない画面構成に対して、木村伊兵衛の捉える一瞬は、絵に少しの隙があって、そこから少しずつ被写体との間に漂う空気が抜けている様なおもしろさがある。

サルガドの写真展は、やはり凄かった。上の二人で言えば、ブレッソン的なそつのない圧倒的な画面構成で、アフリカの難民達の世界を見せつけてくれる。アフリカの難民キャンプを撮る人は多くいるだろうけれども、これだけ画面全体に充満する迫力で見る者に迫ってくる写真を撮れる人は、今彼しか居ないだろう。

2010年01月30日

帰郷?

昼前、我孫子へ帰る仕度をまとめて実家を出る、旅の間着ていた服は早く自宅で洗いたい。

東京都写真美術館に寄る。2月7日までの『日本の新進作家展vol.8「出発-6人のアーティストによる旅」』を観て置きたかったのだ。
それぞれの「旅」をした中では、尾仲浩二さんが良かった。
旅をした時、こういうどこでもある様な、けれどもどこからとなく土地の匂いがしてくる様な、そんな景色を見て歩いているんだよ、と思う。

2階展示室の目の前の喫茶店(格好良く言えば「オープンカフェ」?)で昼飯を食う。生ハムとチーズの挟まったパンと紅茶を。

一人で好きな所に行って、好きな店に入り、気ままに過ごすのは何と素晴らしい事か。

常磐線を柏で降りて駅前のビックカメラで酒を買いこむ。720mlの瓶を4本買ったから、旅の荷物と合わせて重いなと思っていたら、丁度柏から我孫子の家までの一日数本しか無いバスが来る時間だったので、それで楽に帰る。


写真は写真美術館から恵比須の駅までの帰り道。(SIGMA DP2 にて撮影)

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