台湾居候記 3/8

 次の日の昼食は家で。テーブルの上には大皿に料理が盛りつけられていて、それを自分の茶碗に取って食べるという形式。筍の炒め物、豚足、瓜の煮物などなど。食事中にお茶を飲むことはしない。
 峻榮氏の家は1,2階で工場をしていて、お昼は従業員の人と共に食事。
 昼食後は家族でお茶の時間。いつもはお父さんがお茶を煎れるが今日は大姉(ターチェ)(一番上のお姉さん)がその役。お酒を呑むときは他人の酒をつぐことはしないが、お茶は煎れる人が注意して空いた茶碗に注いでいく。
 食事中は無言で食べるが、お茶の時間はお喋りの時間。家族の会話はここでなされる。
 台北にもコンビニが多くなってきている。主にセブンイレブンとファミリーマートで非情な競争が繰り広げられていて、街のあちこちで二つが並んで立っているのを見ることができる。これはセブンイレブンの"関東煮"なるおでん。奇妙な名前だと思っていたが、日本でも関西では関東で云うおでんのことを関東煮と云うらしい。てんぷらがあるので食べてみたら薩摩揚げだったし(関西では薩摩揚げのことをてんぷらと云う)、日本の中でも関西の日本文化を受けている感じがした。そういえば街の雰囲気は東京と云うより大阪に通ずるものがある。
 中で売っているものは日本とほぼ同じで、日本のそれとよく似た弁当もあるほどだが、店内の匂いはやはり、台湾、である。
 たまには日本人が行くような観光地へ行ってみようと外に出る。家の前の横断歩道を渡っていたら途中で信号が赤になってしまい立ち往生。
 交通のマナーは恐ろしく悪くて、赤信号でも人や車が来ないと見るや全員で突っ込んでくるし、どんな狭い道でも平気でUターンしてしまう。
 
 蒋介石を記念した中正記念堂に行くために、地下鉄に乗る。去年できたばかりという台北自慢の交通機関で、(悪いけど)台湾とは思えないほどきれい。車内の案内も、中国語、英語風中国語、台湾風中国語と順番に云っていく気配りの良さ。駅名もローマ字が併記されているが、大陸式の漢語ピンイン方案(北京を"Beijing"と書く方式)ではなく"Hsimen"と実際の読みに近い表記になっている。
 中正記念堂は、同名の駅を降りてすぐのところにある。オフィス街の真ん中に途方もなく広い土地を占領している。
 正面の門をくぐって反対側に祠があるのだが、左右にきらびやかな建物があって、ここは講堂などに使われているらしい。この日も女子高生が行事の行進の練習をしていた。
 記念堂内。大きな蒋介石の像がある。常時二人の兵士が銃剣を持って警護をしていて、これはその交代の様子。蒋介石も今や大陸からの侵略者という捉え方しかされておらず、来るのは過去の遺産を見物に来る観光客といった風体の人ばかり。
 
帰ろうと思って門の所まで行くと、子供たちが中国ごまの練習をしている。簡単そうに見えたのでやらせてもらったが、これがなかなか難しい。
子供たちに教えてもらっていると、そこへ先生が来た。近くの小学校で教えていて、放課後子供達に自分の得意な中国ごまを教えているという。峻榮氏は以前やったことがあるらしく、それなりにできるのだが、初めての私には身振り手振りで教えてくれるのだがなかなかできない。子供たちは子供たちで、なんでできないの?という顔をしてみたり、こんなこともできるぞと模範演技をしてくれる。
 
 いつのまにか鞄を持っていかれていて、子供たちと追いかけっこ。本当に元気でやんちゃだ。こっちに来いと芝生の方に連れていかれて、何かと見ると、犬の糞がある。子供たちはそれをさして「狗的糞!」「狗的糞!」とおおはしゃぎ。まったくとんでもない言葉から教えてくれるものだ。峻榮氏に云わせると汚い言葉から先に覚えるそうで、確かに今になって、他は忘れても狗的糞だけは忘れていない。
 カメラはとられるは鞄はとられるわ、扇子まで持っていって高笑い。もう収拾がつかないし、授業は滅茶苦茶。こまそっちのけで追いかけっこ。疲れてへとへとになっていたら、ヤクルトを分けてくれたので、その子に「乾杯!」と云って一気飲みしたら大いに受けた。覚えた手の言葉でも笑いはとれるものだ。(今度は中国語で何か一所懸命訊いてくるので、うんうんと頷いてみたら、キャーキャー云いながら先生の前に連れていかれた。どうやら「先生のこと好き?」と訊かれたらしい。全くこの歳の子供は...)
 時間になって、先生がみんなを集めて今日のまとめ。でも数人の子はこちらが気になって仕方がない様子。授業の邪魔をしに来たようなものだ。(左上が白く光っているのは子供たちが付けた指紋。カメラだろうとレンズだろうと遠慮はしてくれないのだ。)
 峻榮氏を通訳に聞いたところでは、彼女は台北のさらに北、台湾の北端の港町、基隆の人だとのこと。来週の月曜日にお盆のお祭があるので来ないかと訊かれたが、丁度その日は帰国の日。とりあえず携帯の電話番号だけ交換してその日はお別れ。
 子供たちが皆で日本語で「さようなら」と手を振ってくれたのでこちらは「再見」と返す。